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第155話

「一度、遥ちゃんとゆっくり話してみたかったんだ。遥ちゃんは人気者で、なかなか話し掛ける機会がなかったから」 赤ワインのグラスに口をつけながら、玲而は遥に向けて目を弓形に細める。 「よく言うよ。親戚の集まりから、すぐ逃げ出すから、遥と話す時間がないんだろ。この間の法事もいつの間にか消えてた。……遥、サーモンとイカ、交換して」 「よろこんで! なのん」 稜而は交換したイカの寿司を口に入れ、肩をすくめる。玲而もイカの寿司をつまみ上げ、すっと消すように口の中へ入れて笑った。 「僕は信仰心がないから、正座して読経を聞く時間に意義を見いだせなくて。……というのが一応の理由だけどね。結婚しろだの、彼女はいないのかだの、普通に話題にするだろう? 患者さんには言わなくても、息子や甥っ子には平気で言う。そういうのに付き合ってると、どっと疲れて翌日仕事にならないんだ」 さらさらと顎のラインまである前髪を揺らして首を振った。稜而は前髪を吹き上げる。 「父さんたち兄弟だって常に仲がいい訳じゃない。一緒に病院を経営してるからって、一枚岩じゃないけど、その隙間に子どもの俺たちが挟まる必要はないし、本人たちの気が済むようにさせればいい。玲而は愛想よくしようとするから疲れるんだ」 なあ? と、サーモンを食べていた遥に相槌を求め、遥は寿司を頬張った口元を指先で隠しつつ、目を細めて曖昧に首を傾げた。 「愛想よくとまでは思わないけど。お前、そういうところ冷たいほど突き放すよな。遥ちゃんが一人で親戚一同に取り囲まれて、可哀想に」 また矛先が向いた遥は、スパークリング日本酒で口の中を洗ってから、ニッコリ笑った。 「遥ちゃんは、法事を楽しんでますのん。お寺の建築や、仏像や、お坊さんのお衣装を見て、お茶を飲んで、お菓子を食べて、おしゃべりして。お寺でのお作法も、お菓子に使われている食材も、分からないことは全部、周りの方々から教えて頂けますのん! 可愛い双子ちゃんに、手遊び歌も習いましたわ! ♪お寺の和尚さんが、カボチャの種を、まきました。芽が出て、ふくらんで、花が咲いたら、枯れちゃって、忍法使って、空飛んで、東京タワーにぶつかって、スカイツリーにもぶつかって、救急車で運ばれて、ミラクル、ミラクル、じゃんけんぽんっ♪」 遥は両手を合わせ、手の甲をふくらませ、指先を開き、澄んだ声で歌を歌った。 「双子って、智而(ともじ)のところの? 遥ちゃんは人と仲良くなる天才だね」 玲而は切れ長な目を大きく見開いてから、頬杖をついて笑った。  稜而は小さな声で♪せっせっせーのよいよいよい♪と呟き、スカイツリーの文言に首を傾げている。 「うふふ。変な子だから、そのくらいのメリットは必要ですのん」 遥は首を傾げている稜而に見守るような眼差しを向けつつ赤ワインを飲んで、言葉を続けた。 「患者さんのお部屋は、お花が活けてあったり、ぬいぐるみがいたり、パソコンがあったり、お孫さんが描いた絵が飾ってあったり、家族の写真を貼っていたり、なーんにもなかったり、いろんな状況やお気持ちが表れてますのん。どのお部屋に伺っても、胸がきゅっとなりますのん。どのお部屋も個性を感じますのん。表現には、必ず理由があるって思うんですのん」 「この部屋は、どんなふうに捉えるの?」 遥は改めて部屋の中を見回して、ゆっくり微笑んだ。 「無理強いしない、優しいお部屋ですのん。お人形さんのしたいことが世間や常識から外れたことでも、玲而さんは叶えてあげていて、皆が自由な感じがしますのん。お人形さんが幸せでいられるのは、玲而さんがアロマンスでアセクシャルだからこそだと思いますのん。性欲があったら、どうしても自分の欲が勝って、こんなふうに自由にはできないんじゃないかしらって思うのよ。玲而さんは、心の根っこが優しいんだと思うわー!」 「ずいぶん採点を甘くしてくれるね」 「俺には結構、辛口なのに」 「あらーん。ずっと一緒にいると、アラも見えますのん。でもでも、アラは大根と一緒に煮込めば美味しいのよ? 遥ちゃんが大根になってあげるから、一緒に煮込みましょ? 美味しく炊けたら、染み染み大根は、ぜーんぶ稜而が食べていいのん!」 「いろいろ飛躍してるけど、遥を食べていいってことだけはわかった」 稜而はうんうんと頷き、遥は頬を両手で挟んで「EAT MEなのーん!」と肩を揺すった。 「本当に仲良しなんだね、二人は」 「おーいえー! 同じ鍋のブリアラ大根を食べる仲ですのん!」 「いいな。僕もパートナーが欲しい」 玲而は笑って、一息にワインを飲み干した。

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