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第158話
「お父さんと遥ちゃんの距離は近いけど、理事長とバイトくんの距離は果てしなく遠いんだわ……。こういう日はコロッケをたくさん作って、稜而の笑顔を見るのがいいんだって思うのん。遥ちゃん、元気出して」
両手を胸の前で握りこぶしにしていたら、ひょいと顔をのぞき込まれた。
「コロッケ作るの?」
前下がりに切りそろえた髪がさらりと揺れて、そこには玲而の顔があった。
「ひょっとして、玲而先生もコロッケが好きなのん?」
「大好き。二駅先の商店街に美味しいコロッケを売ってるお肉屋さんがあったんだ。仕事が休みの日に買いに行ってたんだけど、店主夫婦の高齢化で廃業しちゃって、今はコロッケ難民なんだよね」
「食べにいらしたらいいんだわ。遥ちゃんのコロッケはソースを掛けなくてもいい、濃いめの味つけなんですのん」
「本当に? 退勤手続きしてくるから、待ってて」
「まだお昼過ぎですのん!」
「今日は午後休!」
小走りに近い早足でいなくなると、遥が着替えてロッカールームを出たときには目の前に笑顔で立っていた。
「手伝うよ。ジャガイモの皮むきとか、玉ねぎのみじん切りとか」
「それはありがたいんだわ!」
玲而を連れて帰宅した遥は、食品庫のダンボール箱から、大量の玉ねぎとジャガイモを運び出した。
「入汲のおばあちゃんから送ってもらったジャガイモと玉ねぎっちゃ! 大きさはバラバラっちゃども、甘くてうまいっちゃよー!」
牛挽き肉とフードプロセッサーでみじん切りにした玉ねぎをローリエやナツメグとともに炒め、塩コショウで濃いめに味つけをして、ジャガイモの皮を剥いて茹でた大量の粉吹き芋と混ぜる。
「渡辺家は、全員コロッケが好きなのん?」
「男たちは好き。僕たちの親世代は、女が家で料理するという考え方がまだ強いから、コロッケを作らされる女の人たちはウンザリしてるんじゃないかな」
「おーいえー。遥ちゃんは男の子だけど毎日作るのは無理なのん。家政婦のむにさんに頼んだり、お惣菜やコンビニ弁当を買ったり、外食したり、いろいろなんだわ」
「それでいいんだと思うよ。強要は不幸しか生まないから」
サラダオイルを手につけて、一緒に小判型に成型しながら、玲而は穏やかな声で言った。
遥は団子状に丸めたタネをペタンと押し潰して、ぽろんと呟く。
「ナースは強要されてるのかしらん?」
「強要? 強い言葉に感じるけど。誰に? 何を?」
「誰なのかな、わからないけど。イライラして気持ちの余裕がなくて、苦しそうだった」
玲而は遥の隣で、さり気なく表情の変化や目の動きを観察しながら、静かに次の言葉を待った。
「忙しくて、イライラしてるのかな」
遥は自分の言葉に全く納得できないようで、首を傾げた。
「そう。タスクが積み重なってくると、余裕は相対的に減るけれども。例えば医療保護入院の患者が三人、もしくは半日外来に拘束されながら二人重なったら、僕は手続きに忙殺される。残業も確定する。『その話、今じゃなきゃダメかな? あとにしてくれる』ってスタッフの話を遮ることもあるよ。聞かなきゃとは思うんだけど」
「ふうむ。それは致し方ないと思いますのん。身体はひとつ、一日は二十四時間なんだわ」
「遥ちゃんは、ナースが何を強要されていると感じたんだろうね」
「強要。何なのかしらん……?」
タネをバッター液にくぐらせ、パン粉の山に埋もれさせて上からそっと押さえていたとき、階段を二段飛ばしに駆け上がる音がして、リビングルームのドアが開いた。
「コロッケ!」
額に汗を光らせ、頬の筋肉を最大まで持ち上げた稜而が弾む声で叫んだ。
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