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第159話

 森に雨が降るような爽やかな音を立ててコロッケは油の中できつね色に変化する。  遥がひとつ、ふたつと油切り網に揚げたてコロッケを並べるのを、稜而と玲而はそわそわと落ち着かなく身体を揺らし、何か小声で話しては笑って互いの肩を叩いたり、相手の顔を指差してはまた笑ったりしながら見ていた。 「コロッケの前には、渡辺家の人々は皆平等ですのん。平和なんだわー」  納戸から見つけ出した染付の大皿に山盛りにしてダイニングテーブルの上に出すと、二人は声を揃えて遥に訊いた。 「「一人、何個食べていいっ?!」」 「お、おーいえ……。遥ちゃんの分はよけてあるから、二人で半分こにしてくださいませなのん。仲良く食べるんですのよー」 遥の言葉に頷くなり、二人は山盛りのコロッケの個数を数え、「一人十五個、最後の一個は半分でジャンケンに勝った方が大きいほう!」と話が決まったらしい。左手に持った取り皿にのせる時間ももどかしくコロッケを口にした。 「あー、美味い! 遥のコロッケはやっぱり世界一だ!」 「遥ちゃん、噂には聞いていたけど、本当にコロッケを作るの上手だね。素晴らしい!」 二人は天井に向かってはふはふと息を吐きながら、一点の曇りもない笑顔でコロッケを食べ続ける。 「いつ見ても稜而のコロッケの食べっぷりは胸がスッキリな思いですけど、今日は二倍なのん! 気持ちいいんだわー!」 自分用に取り分けてあるコロッケを箸で半分に割り、自分のペースでゆっくり食べながら、遥も笑顔で二人を眺めた。 「さて、これがアペリティフだってところが、この男たちのすごいところなんだわー」 遥は再びキッチンに戻り、冷蔵庫に積み上げてある密閉容器を次々に取り出した。 「あとは常備菜とお酒で許してちょんまげなのよー」  フライパンで焼きおにぎりを焼く間に、カラフルな夏野菜のピクルス、煮込みハンバーグ、切り干し大根の煮物、茄子の揚げ浸し、牛肉の佃煮をそれぞれ盛り付け、テーブルに並べた。 「焼きおにぎりは、ご先祖様の舟而先生の日記に書いてあった『白帆の焼きおにぎり』ってやつなんだわ」 両面が干飯のようにパリパリに乾くほど焼き上げたおにぎりに醤油を染み込ませて、テーブルに並べる。 まだ空に赤みが残るうちから酒宴は本格的になって、うすはりの冷酒杯には香り高く爽やかな生酒が注がれ、三人の笑顔はさらに深く、玲而が明かす昔話に稜而は赤くなったり、青くなったり、遥は手を叩いて笑った。 「ちっちゃい稜而も玲而さんも、冒険家なのん!」 「僕たちは大航海に出かける気持ちだったんだけどね」 「今でも足から真っ直ぐ池に沈んで行くときの光景がスローモーションだったのを覚えてる。途中から何を怒られてるんだかわからなくなって、ぼーっと大人の様子を観察するくらい、滅茶苦茶に怒られたなぁ」 「お二人ともご無事でよかったんだわー」 ふっと空気が静まり、気持ちよさそうに目を細め、頬杖をついて唇の間へ酒を滑らせた玲而が、優しい笑顔のまま口を開いた。 「遥ちゃんは本当に料理上手だなぁ。一人暮らしでも近所に美味しい定食屋を二軒見つけておけば大丈夫だと思ってるけど、こんな美味しい手作り料理を頂くと、たまには自炊しようかなって思うよ。稜而が医局でこれ見よがしに食べてる愛妻弁当も、いつも本当に美味しそうだし」 「ふふふ。遥ちゃんは妻ですのん!」 「俺は妻の役割は求めてないんだけどな」 稜而が柔らかな表情でふっと前髪を吹き上げたとき、遥は強く瞬きをした。 「あのナースは求められてるんじゃないかしらん? 患者さんやそのご家族にはもちろん、自分にも、何か妻みたいな、ナースとしての理想像や役割を求められて、苦しくなってるんじゃないかしらん?」 遥の独り言に稜而は顔を上げ、玲而は静かな眼差しを向けた。 「遥ちゃん、本当に大和撫子な良妻賢母をしなきゃいけなかったら、たぶんきっととても苦しいんだわ」

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