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第180話

「カミさん用に買ったんだが、あんまり乗らなくてな。俺の運転で、助手席に座っているほうがいいって言うんだよ。休みのたびにドライブデートだ」 稜而と遥の自宅から徒歩数分のところにある、達而叔父の家の前のガレージには豪快な笑い声が響いた。 「盛大なおノロケ、ごちそうサマンサですのん。遥ちゃんもそういう将来を夢見て、足繁く通い婚するんだわ」  遥は試乗を終え、素直に滑らかに走る真っ赤なステーションワゴンを見て、ニッコリ笑った。  達而は、どこに渡辺家の血が流れているのかわからない熊のような大きな身体を揺すってガレージのシャッターを閉める。 「稜而からの国内留学申請書類が上がってきて、これは遥ちゃんが車を必要としているんじゃないかって閃いた! 早く一人前になって同じ職場で働いてほしい稜而が、遥ちゃんを休学させるとは思えないし、こんなに溺愛してるのに大人しく離れて暮らすとも思えない。『車を買ってあげるから会いに来て♡』と耳許で甘ったれた声を出すくらいはするだろうとな!」 腰に手をあてて上体を反らして笑う達而の前で、遥は両手を組んで顔の左右に振りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。 「さすが達而叔父様ですのーん! 名推理なんだわー! ちょうど車を探して稜而に乗っかってたところでしたのん!」 「俺に乗っかってたとか、親戚の叔父さんに究極のプライバシーを口外しない。恥ずかしい」 稜而は苦笑して遥を羽交い締めにし、ついでに軽く持ち上げると、遥は両足を空中でばたつかせて笑った。 「いいじゃないか。夫婦が肌を重ねるなんて自然なことだ。俺だってまだカミさんと現役だぞ。週二回」 ピースサインを見せられ、稜而は身体の力が抜けて遥をアスファルトの上に下ろす。遥は両足をしっかり地面につけて膝を屈伸させると、体操選手のように両手を開いてテレマークを決めた。 「もー、叔父さんまで。聞きたくないから。叔母さんとどうこうとか想像したくないから……」 「ああーん、叔父様ったらお強いのーん!」 遥もピースサインを作ると目の横にあてウィンクを返し、達而叔父も下手なウィンクをして、二人は腹の底から笑う。 「ご近所に響き渡るような大きな声を出して。楽しいお喋りの続きは家の中でなさったら?」 美女と野獣と呼ぶに相応しい叔母が玄関から出てきて、稜而は微かに耳を赤くして顔を逸らし、遥は笑顔で両手を振った。 「ごきげんようございますなのん! 遥ちゃん、不可不可堂のシフォンケーキを買ってきましたのん。『お持たせですが』ってして下さいませ! 皆で食べましょうなのよ!」 不可不可堂の紙袋を掲げて、食べる前から頬に手をあて「美味しいのーん」と喜ぶ。 「遥、『お持たせですが』ってセリフはこちらから催促して言って頂くものじゃないよ」 窘める稜而に、プリンセスのような叔母は軽やかな笑い声を立てる。 「いいのよ。遥ちゃんが食べたくて買ってきたんでしょう? 遥ちゃんは甘くて美味しいものを見つけるのが上手だから楽しみだわ。皆で楽しく頂きましょう」  さあどうぞとドアを開けて案内されて、遥はぴょんぴょんと家の中へ入った。  来客用の居間に通され、ワゴンで運ばれてきたカナリアイエローのティーセットで、ルビー色の紅茶を頂く。 「爽やかでフルーティーな香りですのん」  遥は目を閉じて香りを追いかけるように鼻をうごめかせ、叔母は嬉しそうに笑った。 「シンプルなシフォンケーキに合うように、紅茶も軽めのものを選んだのよ」 「いつでも叔母様のセンスは素敵なのん。ティーカップも、テーブルコーディネートも、フラワーアレンジメントも!」 「今度、テーブルコーディネートのお教室にも遊びにいらして。毎月、ここでやってるから。たまにミコ叔母さんも遊びに来て下さるのよ」 「おーいえー! お誘いありがとうございますのん。ミコ叔母さんも『今日はテーブルコーディネートのお教室にお邪魔して楽しかったわ』って、お茶室のコーディネートを楽しんでますのん。遥ちゃんは、いつも大学と茶道のお勉強だけで一日終わっちゃうけど、寄せさせて頂きますのん」 しっかり頷きながらシフォンケーキを頬張り、遥はひだまりのような笑顔で居間全体を温めた。

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