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第182話
おとうちゃんが柵を閉め、遥に向かって言った。
「『今日は遥ちゃんば来る』って、ばあちゃんば朝早くから仏壇に手を合わせて張り切ってたっちゃよ。おかあちゃんも有給取って家にいるっちゃけ、もてなしてもらうとええちゃ。早く行って顔を見せてやれ」
「おーいえー!」
養豚農協を離れ、見渡す限りの田んぼと畑の道を赤い車は走る。北側に防風林を背負った瓦葺き屋根の家が見えてくると、同時に小さな人影もちらちらとした。
「おばあちゃーん!」
遥が右手をハンドルから離し、窓の外に出してぶんぶん振ると、おばあちゃんは両手を口の脇にあてた。
「ええがら、遥ちゃんばハンドルしっかり握るっちゃよー!!!」
遥は小さく舌を出し、素直に言うことを聞いておばあちゃんの家まで運転した。ちっちゃいおばあちゃんは、すぐ目の前まで行ってもちっちゃかったが、人生の年輪を刻んだ笑顔は近くなるほどはっきり見えた。
「お世話さーん! 車ばおかあちゃんの車の隣でええっちゃかー?」
軽自動車の隣の大きく空いた場所を指差すと、おばあちゃんは朝の布団のように優しく温かな声で言った。
「ええよー。遥ちゃんば停められるように、周りを全部片しといたっちゃけ、斜めになってもええちゃ。前から停めてええちゃけ、落ち着いて運転するっちゃよー。稜而先生、誘導してあげてくれちゃ」
稜而は助手席から降りたものの、特に何も指示らしいことはせず、おばあちゃんが両手を合わせてはらはらと見ている前で、遥は危なげなく車を操作し、後進入庫でまっすぐ車を停めた。
遥はドアを降りるなり、おばあちゃんを抱き締めた。
「お世話さーん! おばあちゃん、会いたかったっちゃーよ!」
「もうもう、遥ちゃんば、また大きくなったっちゃね?」
おばあちゃんが笑顔で手を伸ばし、遥もニコニコしながら少し身を屈めて、頭のてっぺんを撫でてもらった。
「うーん、伸びたっちゃろか? あっ、でもでも袖がちょっと短いから、伸びてるかも知れんちゃ」
遥の身長の伸びはもう止まっていたが、一生懸命カットソーの七分袖を引っ張ってみせた。
「やっぱり男の子は大きくなるっちゃねー」
おばあちゃんの嬉しそうな笑顔に、遥は何度も大きく頷いた。
「そうなのん! ご飯もいっぱい食べるっちゃけ、大きくなるのんっちゃー!」
話している間に稜而はおとうちゃんから預かった発泡スチロールの箱を運んでいて、それとは別にクーラーボックスが入っているのを見た。
「ぬか床ば持って来たっちゃか? 裏から回ってお勝手に持って行きなさいっちゃ。おかあちゃんに、ドア開けてもらうっちゃよ」
遥は頷き、ぬか床容器が入ったクーラーボックスを持ち上げた。
「おかーちゃーん! お勝手口を開けごまーっちゃー!」
勝手口の茶色いドアが開き、シンプルに髪を束ねて、チェック模様の割烹着を着た中年女性が立っていた。
「おかえり、遥。なんでクーラーボックスっちゃね?」
「今年の東京の夏の暑さばヤバかったっちゃー。ダメになるのが怖いけ四角い容器を買って、冷蔵庫に入れてるっちゃよ」
遥は話しながらクーラーボックスを開け、和菓子店、洋菓子店、それぞれの包みを取り出して、それから琺瑯引きの長方形の容器を取り出した。
保冷剤だけになったクーラーボックスを勝手口に置いていたら、おばあちゃんが稜而を連れて通りかかった。
「遥ちゃん、まずはご先祖様にナムナムしなさいっちゃ」
「はいなのんちゃー!」
居間の隣にある仏間へ行き、和菓子店と洋菓子店の包みをお供えする。ロウソクに火を灯し、おばあちゃんに教わりながら線香を二つ折りにして、それらの先に火をつけると灰の上に横倒しに置いた。それから鈴を鳴らして、手を合わせる。
「おじいちゃん、ご先祖様、こんにちは。遥ちゃんと稜而が来ましたっちゃ。稜而は四月から離れに住まわせてもらって、リハ病院でお勉強っちゃね。見守ってくださいっちゃー」
仕上げにもう一回、チンチーンと鈴を鳴らしてから、遥は仏壇の前を立った。
台所ではおかあちゃんが薄いビニール手袋を嵌めてぬか床の様子を見ていた。
「おばあちゃん、見てくれちゃ。遥、頑張ってるみたいっちゃよ」
おばあちゃんはよく濡らした手でぬか床を底からかき混ぜる。中からは四つ割にした大根と人参、そしてアボカドが出てきた。
「なんちゃね?」
おばあちゃんは首を傾げ、おかあちゃんは受け取って笑う。
「遥。あんたアボカドを漬けたっちゃか?」
「んだんだー! 美味しいっちゃよー」
遥はまな板と包丁を引っ張り出し、自分が漬けたぬか漬けの端をスライスして、おかあちゃんとおばあちゃんの口許へ差し出してから、自分も一切れ食べた。
「我ながら、なかなか上手に漬かってると思うっちゃ」
「んだんだ。ぬか床もふんわりしていて、匂いもいいっちゃね。よく頑張ってるっちゃなぁ」
「えへへーなのん」
笑顔で遥が見回した台所には、大きなアルミ鍋一杯の煮物が甘い出汁の匂いとともにあり、即席漬けが水を出している銀色のボウルがあり、ぴかぴか光るおにぎりが大皿一杯に並んでいた。
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