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第2話
「救急車って収納上手ーっ!」
首をコルセットで固定された遥は、ストレッチャーに座ったまま、若草色の瞳だけを目頭から目尻までいっぱいに動かして、救急車の内部を見回していた。
白や黄色やオレンジ色の装置、滅菌処理されたチューブのパック、ラグビーボール型のバッグ、頑丈そうなボンベなどが壁面を区分けして収納されていた。
「壁に時計まで掛けるなんて、インテリアにも凝ってる!」
遥は酸素飽和度を計測するモニターを指先に着けた手で拍手した。
付き添っていた救急隊員が口を開きかけたとき、救急車はサイレンを止めて減速した。
「大咲ふたば総合病院、到着」
助手席に座る救急隊員が独特な節回しで告げるのと同時に静かに停車する。
バックドアの曇りガラス越しに何人もの影が近寄って来て、外側からコン、コンコンコンと独特なリズムで素早くノックされると同時に男性の声が聞こえた。
「開けるよ」
ドアが開くと、目の前に青色のスクラブ を来た若い男性がいた。
少し長い前髪の間から覗く黒い瞳はまっすぐに遥を見ていて、視線がばちんとぶつかった。
「うっ」
遥が勢いよくセンサーがついた手で胸を押さえたので、指先からセンサーは外れ、コードの先の本体ごと男性に向けて飛ばしてしまった。
「あっ」
「ああ」
男性は落ち着いた様子で胸の前でモニターを受け止め、救急隊員へ渡すとストレッチャーの縁を掴んだ。
「降ろすよ。頭、気を付けて」
ぐっとストレッチャーを引っ張られ、高さを調整されて、遥の顔は男性の胸元に触れるような距離まで近づき、入学式の日に桜の花の中から登場する王子様のような顔写真つきの名札に目を向けた。
大咲ふたば総合病院
OSAKI-FUTABA GENERAL HOSPITAL
整形外科医
Orthopedic surgeon
渡辺稜而
WATANABE, Ryoji
「うわーんっ! 痛いーっ! 痛いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
遥は突然、五色に光る夕方の雲に向かって大きな口を開け、両目からボロボロ涙をこぼして泣き始めた。
「え? おい、大丈夫か? ええと、……名前なんだっけ」
「はるかーっ! うわーん!」
「は、はるか。落ち着けって、中でちゃんと診るから」
「痛いよーっ!!!」
「稜而先生、病棟から連絡があって、今、夕食の時間だから待ってって。準備できたら連絡するって!」
その言葉に稜而はうんうんと頷きながら、小さく溜息をついた。
「こっちのベッドもいっぱいで、これ以上は受け入れられないし、俺も何か食おうかな」
左腕のダイバースウォッチをちらりと見ると、遥のベッドサイドに座っていた稜而は立ち上がり、両手を天井に向けてぐっと伸びをした。
「いいなー。オレもハラヘリー!」
両足の膝から下をそれぞれシーネで固定し、台の上に乗せてベッドの上にいる遥は、目の周りが真っ赤になっている。
泣き叫ぶ遥の処置に気力も体力も使い果たした稜而は、乱れている自分の前髪をふっと吹き上げた。
「この時間だから、コンビニは残り物しかない。選べないぞ」
「いいよー。おにぎり食べたいなー」
「お前、俺の話を聞いていたか?」
「聞いてたよー。だから明太子以外なら具は何でもいい!」
「好き嫌いするなよ」
「辛いのきらーい」
稜而はもう一度前髪を吹き上げると、ナースに「コンビニ」と告げて救急外来から出て行き、ほんの数分で白いビニール袋を手に戻ってきた。
「明太子は俺が食う」
ベッドの上に袋の中身を逆さまにして広げると、明太子のおにぎりを掴んでベッドサイドの椅子にドスンと座り、さっさとパッケージを開封して食べ始めた。
「わー、ケーキまである!」
「ケーキはデザートだ。先にメシを食え」
「オレ、甘い物大好き!」
「それならよかった。今日は誕生日だろ、バースデーケーキだ。誕生日おめでとう」
「わあ! 何で知ってるのぉ!」
「さんっざん、生年月日を確認しただろうが」
「そうだった気がするー」
おにぎりよりも先にケーキのパッケージを開け、プラスチックのフォークを突き刺す遥を見て、稜而は前髪を吹き上げた。
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