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第6話-同伴外出編-
遥はベッドの縁に腰掛けると、膝から下へPTB免荷装具を取り付けた。
体重を膝の皿で支え、患部にかかる荷重を調整するための装具で、膝裏からふくらはぎ、足首までをソケットで覆い、マジックテープ付きのベルトで固定する。
椅子に座って足をふらつかせるのと似たようなイメージで、踵を宙に浮かせ、免荷〇 から少しずつ荷重を増やしてリハビリを進めることができる。
遥は両足に装具を着け、片方だけ松葉杖を使って、身軽に病室内を歩き回った。
「あっるっこー。あっるっこー。はるかはー、げんきー! 歩くの大好きー、な訳ねぇだろ。ちくしょう、体育なんかこの世から消えればいいんだ。スポーツがそんなに尊いか! ……やだーん、ブラック遥ちゃんが登場しちゃったーん! あたし、セックス以外のスポーツは興味がないのーん!」
「セックスもしたことない、童貞のクセに」
遥の近くで肩幅に足を開き、腕を組んで様子を見ていた稜而が片頬を上げて笑う。
「えー? オレ、童貞なんて言ったっけ? 処女だけど、童貞じゃないかも知れないじゃん」
「ふうん。骨端線 なかったクセに」
「何、コッタンセンって?」
病室の中を歩き回りながら、遥は首を傾げる。ポニーテールに結い上げているミルクティ色の巻き髪が一緒に揺れた。
「腓骨 みたいな長い骨の両端にある、軟骨組織が集まってる場所。軟骨だからX線に写らなくて、黒い横線が入ってるように見える」
「童貞だと、コッタンセンがないの?」
「そう。整形外科医が見れば一目でわかるけど、治療に関係ないから、いちいち指摘しないだけ」
遥は歩みを止めて、目を丸くした。
「まっじかー! めっちゃヤリ部屋通ってます、千人斬りです、抜かずの十連発も超余裕です、相手がすぐバテちゃうのが不満です、ガハハハハッとか、言えないじゃん!」
稜而はうんうんと頷く。
「骨端線の有無を見れば、一目瞭然」
「ちくしょう。稜而のレントゲン写真ないの? 見てやる!」
私物の携帯電話をポケットから取り出すと、左足の画像を見せた。
「ほら、これが骨端線。俺が一五歳の頃、剣道の練習中にアキレス腱断裂をやったときの写真だけど」
脛骨の端に、横に黒い線が入っているのが、確かに見えた。
「えー、十五? おませさーん! でもさ、どういうメカニズムでヒトの体内で射精したかどうかを判断するの? 女性の体内からホルモンを変化させる何かを受け取るみたいな、そういうこと?」
遥は画面に顔を近づけ、骨端線の仕組みを考える。
「嘘」
「は?」
「骨端線は、成長するとむしろ硬化して閉じる。骨端線がないということは、身長が伸びなくなるということ。一五歳の俺はまだ成長期だったということで、骨端線が写らなかった遥は、もうあまり身長が伸びないということ」
遥は稜而の携帯を取り上げ、骨端線を検索して頬を膨らませた。
「騙さーれーたー!!! そんな稜而にだまされー! 整形外科にたたずんだーっ!」
「お前、この先、日本で生きていくつもりなら、いろいろ気を付けたほうがいいぞ」
稜而は笑い、遥は松葉杖の先を稜而に向ける。
「バーンっ!」
「そんなもの、痛くも痒くもない。外出許可が欲しければ、大人しくリハビリ公園まで歩いてもらおうか」
右手で作ったピストルの先を遥のこめかみにあてて、稜而は笑った。
二人は廊下を並んで歩き、エレベーターも遥が自分で操作して、外来棟の屋上にあるリハビリ公園へ行く。さまざまな樹木が植えられた公園の中に、曲線や直線の遊歩道が設計され、勾配の違う階段や、休憩するためのあずまやが設置されている。
「この階段、急な方から上って、反対側から降りてみよう」
上りは危なげなく標高一メートルほどの頂上へ達したが、下りは足元を覗き込み、慎重に松葉杖を出して、ゆっくり一段ずつ確かめるように下りた。
「降りるのは、まだ怖い感じがする。後ろに足が残って、転がり落ちちゃいそうな気がするんだよね。……あ、でも外出したいっ! 遥ちゃん、こんなかごの中の鳥みたいな生活は嫌なのっ! スペイン階段でジェラート食べたいっ! ジェラートが食べたいよー!」
稜而の手を掴んで揺さぶると、稜而は苦笑した。
「ローマの休日までは許可できないけど、同伴外出を許可しようか」
「もしもしー、あ・た・し。遥よー。ねぇ、お店行く前に焼き肉食べたーい! 連れてってーん!」
「言うだろうと思った。家族同伴での外出を許可します」
「還暦過ぎのジジババを? 北海道から、そうそう呼び出せねーよ!」
「友達はいないのか。友達の同伴でもいい」
「小学校ドロップアウトして、フランスに高跳びしてんのに、そんなキラキラした存在がこの日本にいるわけないだろっ!」
ドレンチェリーのように真っ赤な唇を突き出して、若草色の瞳で上目遣いに睨みつけてくる遥を見て、稜而は自分のネームプレートを引っ張って見せた。
「遥には、最近、稜而って友達ができたらしいけど。どうする?」
遥はネームプレートを引っ張って、稜而の顔写真にキスをした。
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