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第10話
「お前、ぎゅうぎゅう押し付けすぎ」
稜而 は遥 を引き剥がして、苦笑した。
「やーん! 夏のプールで、熱烈なキッスだったのにー! もっとするーっ! はるかーのー、りくえーえーすと、さいしょーのー、りくえーえーすと、キス、ミー!」
飛び跳ねる遥の両肩へ手を置いて落ち着かせ、稜而は遥と額をくっつける。
「そんなに熱烈なキスをしたいなら、笑っていないで真面目な顔をしろ」
「真面目な顔ーぉ?」
遥は若草色の瞳で稜而を見上げる。
「そう。真面目な顔をしてから、視線を落として相手の唇を見る」
言われた通りにしたら、自然に唇が惹き合った。ふわりと柔らかな感触が重なって、互いに数回角度を変えながら啄むと、稜而の舌が入り込んでくる。
遥は応えて舌を伸ばし、稜而のたっぷりした舌を舐め回す。夢中で舐めているうちに、遥の舌は稜而の口の中へ吸われて、舌の根がぴりぴりと痛んだ。
「ン、ふ……っ、んむっ、んん……」
全身に甘い痺れが伝わって、ふわふわする身体を稜而がしっかり抱き締めてくれた。
遥は絡む舌を解いてほっと息をつくと、もう一度互いの上唇と下唇へキスをして、名残惜しみながら唇を離した。
「やっべ、すっごい気持ちいー……。めっちゃ元気になっちゃったー。このままファックしよー」
「だめ。そういうことは退院してから」
「なんで? キスとセックスの間に壁があるとか、キスはセックスに含まれませんとか、めっちゃ女子的発想! 遥ちゃん、見た目は女の子っぽいけど、妊娠しないよー?」
毛先を人差し指に巻き付けながら、ぱたんっと首を横に倒し、ドレンチェリーのように赤い唇をすぼめ、頬をちょっと膨らませて、稜而を若草色の瞳で上目遣いに見るが、稜而はあっさりその瞳を見返した。
「暴れて骨折したら困る」
「やーん、そんな激しいファックしちゃうのー? 稜而ったら逞しい!!!」
「激しそうなのは、お前だ! 好奇心の赴くまま、四十八手だなんだと、騒ぎまくる姿が目に浮かぶ」
「そりゃ、騒ぐよー! 四十八手って表と裏で百近くあるんだってねー! 冬になったら炬燵の中でもしたいなー! 炬燵係だっけー?」
「炬燵係じゃない、炬燵かがり」
「あとね、あとね、遥ちゃん、ラブホテルに行ってみたいのーん! ベッドが回転したり、鏡張りだったり、SM部屋とか、電車の中を再現した部屋で痴漢プレイとか、監獄ファックとか、やってみたーい!
「電車? 監獄? そんな部屋があるのか」
「院内コンビニで買った『ららぶ二人でお出かけBOOK』の、二人で行きたいホテル特集に載ってた!」
「あ、そ」
「遥ちゃんね、キャベツとどこへ遊びに行こうかなーって、たくさん考えてるからさー! ノーパン浴衣で花火大会とか、うれしはずかし貸切露天風呂とか、無人島の波打ち際でゴツゴツした岩に掴まって立ちバックとか、妄想が広がるよねー!」
「退院したら、北海道へ行くんじゃないのか」
「行かないよー。孫の義務として顔は出すけど、こっちで予備校の寮に入る! 新宿二丁目に通いたいのーん!」
遥は両手で自分の頬を挟み、嬉しそうに頭を左右に振った。
「一人で勝手に行くなよ?」
「は、なんで?」
「お前、好奇心の赴くままどこでも平気で入っていくだろう? ランジェリーショップだの、大人のおもちゃ屋だの」
「うん。だって欲しい物を自分のお金で買うだけだもん」
「フランスの治安と比べてどうなのかは知らないか、新宿だって、遥が思っているほど治安はよくない。遥はバカだから、客引きにも、スカウトにも、次々引っ掛かって、気付いたときには、新宿二丁目に辿り着くより先に、ぼったくりバーへ連れ込まれたり、バカ高いエステサロンや英語教材のローンを契約させられる。アダルトビデオに出演させられるかも」
「アダルトビデオ、いいねぇ! 最初はやっぱり素人ものかな。ナンパされて、車の中に連れ込まれちゃうの! あ、マジックミラー号! あれ、いいよね!」
「よくない! そもそもマジックミラー号はゲイビデオじゃない! そうじゃない! 言っておくが、俺以外の奴とセックスしたら、一ヶ月謹慎の後、性感染症のテストを全部受けて、その結果が出るまではセックスしないからな」
「一ヶ月以上、セックスできないのー?」
「キャリアになって余計な緊張をしながら外科手術なんてしたくない。キャリアだと知れた時点で、今の仕事を外される可能性だってある。血液感染するウィルスは可能な限り回避したい。意識の低い遥と接触してキャリアになるのはごめんだ」
「オレが絶対、キャリアになるみたいな言い方!」
遥は薔薇色の頬を膨らませた。
「もし俺が『生でやりたい。コンドームを使うくらいなら、お前とはセックスしない』と言ったら、どうする?」
「いいよ、生でしよう! オス汁ぶっ掛けてー! 遥は稜而のメス犬なのーっ!」
笑顔を突き出した遥の頬を両手でつまんで左右に引っ張り、睨みつけた。
「だ・か・ら、危なっかしいんだ! コンドームを使わないのは論外。使ったって一〇〇%じゃない。見ず知らずの男に適当な口車に乗せられて、欲望のままに生で上から下から受け止めさせられて、泣きを見るのは遥だからな」
ぱちんっと遥の頬を挟んで、めっと稜而は頬を膨らませた。
「ふえーん、自分が本当にやっちゃいそうで、信じられないよー。騎乗位で腰振りながら、両手に肉棒持って、交互に舐めたりしちゃいそう! やーん、憧れる!」
「憧れにとどめろ! 両手はチョコバナナで代用しておけ!」
「子宝祈願のチンコ飴でもいい?」
「好きにしろ! とにかくセックスパートナーは、常に一人だけ! 同時に複数名と関係を持たない! 相手を変えるときは、一ヶ月空けて検査を受けてから!」
腕組みをして強く前髪を吹き上げた稜而に、上から睨みつけられて、遥は毛先を指に巻き付けながら唇を尖らせる。
「なんで一ヶ月にこだわるの?」
「直後だと、ウィルスの増殖が充分じゃなくて、検査をすり抜けるから」
「全身にウィルスが増殖するまで待つってことー? その一ヶ月、めちゃくちゃ不安じゃん!」
「それが嫌なら、俺以外の奴とセックスするな」
「稜而は? キャリアじゃないってわかってるの?」
「先週、人間ドックの結果が出たから、それはあとで見せる。俺は人間ドックを受診した日以降、性的接触は誰ともしていない。今、遥とキスしたけど、それだけ」
「オレはー? オレ、検査したっけ?」
「術前検査で、ひと通り調べてある。それ以降、誰かと性的接触をしていなければ、その結果を信じていい」
「セーフ! 稜而がセックスしてくれないから、清い身体!」
「キスだって性的接触だからな」
「あーん、さっきのキス、エロくて美味しかったーん! もっかいしよ?」
「約束は守れるか? セックスパートナーは常に一人だけ! 一人で勝手に出掛けないこと! あと、万が一バレたときには『真剣に愛しあってる』と証言すること!」
「はーい! はーい! はーい! わかったから、キスしよ?」
「危なっかしいな。約束守れなかったら、監禁するぞ?」
「鉄の玉がついた鎖につながれて、稜而が見回りに来るたびにセックスして、ボロボロになるの? 素敵ー! 稜而、看守の衣装も似合いそうだよね!」
「そんなファンタジックなことをしなくても、俺が外出届の主治医欄にサインしなければいいだけだ」
「やーん!」
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