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第18話
「ラーブホーの、バルーコニーで、ジャーグジー! カーペンターが、取ーり付け工事をしたーのよー!」
稜而の足の間に座り、胸に寄り掛かりながら、遥は機嫌よく歌う。
海が一望できるバルコニーにジャグジーバスがあり、二人はそこへ身体を沈め、一緒に海を眺めていた。
午後遅い時間の海は、はちみつ色の光を映してきらめいている。
「ねぇ稜而」
遥は海を見たまま、後頭部を稜而の肩に擦り付けた。
「ん?」
答える稜而の声は、心なしか甘い。
「皆、こんなふうにセックスしてるの?」
「こんなふうに、とは?」
「裸になって、ペニスを勃起させて、脚を開いて、腰を振って、ふわふわした顔して、声を出してるの?」
「おそらくは」
稜而は遥の横顔を見ながら頷いた。遥はまっすぐ海を見ながら、話し続けた。
「……アダルトムービーはファンタジーだから信じちゃダメ。セックスはパートナーとよく話し合いなさいって、学校で先生に言われたんだけど」
「日本と違って、性教育がしっかりしてるな」
「うん。……でも、全然ファンタジーじゃなかった。めちゃめちゃ恥ずかしくて、すっごい気持ちよくて、ファンタジーなエッチ動画なんかより全然迫力があって、臨場感があって、楽しかった」
「それはよかった」
頬にキスされて、遥は肩を竦めて笑った。
「セックスってさ、大人が子供を寝かしつけた後に食べるご馳走みたい」
「なるほど。実際、子供を持つカップルは、子供を寝かしつけた後でコトに及ぶだろうけどな」
「ずるいね、大人って」
「ずるい?」
「ずるいよ。自分たちだけ、こんな気持ちがいいことして楽しんで、子供の前では、何事もなかったような顔をしてるんだから。電車にも、バスにも、普通の顔をして乗ってて、学校で授業したり、難しい顔で仕事したりしてさ! 大人ってホントにヤダ!」
遥は薔薇色の頬を膨らませる。稜而が人差し指で頬を突くと空気は抜け、海に向かって大きな声で叫んだ。
「大人って、ずるーぅいっっっ!!!!!」
「十七歳らしい主張だ」
稜而は片頬を上げ、遥の頬に音を立てて口づけた。
「いえーい! ラブホごはーん!」
ルームサービスが届くと、遥はぴょんぴょん飛び跳ねた。
「退院祝いにしては、リーズナブルな食事だ」
スープが白濁しているラーメン、ふちから流れ出しそうなほどチーズが乗ったピザ、ごつごつしたフライドチキン、山盛りのフレンチフライ、生クリームの渦を乗せた立方体のハニートーストをテーブルに並べながら、稜而は前髪を吹き上げる。
「いいのっ。病院食って十七歳男子が好きな食べ物は出てこないんだもんっ。主治医が許可くれないから単独外出できないし、院内のレストランは健康志向で美味しくないし」
「あのレストラン、評判いいぞ? わざわざレストランで食事するためだけに来る人もいる」
「女子には嬉しいメニューだと思うけどさー。オレは蒟蒻ラーメンに八五〇円もつぎ込めねーよ。小遣いピンチだし」
「十七歳男子のクセに、下着だのおもちゃだのにカネを突っ込むからだろ」
「だって、買い物したときは、夏の北海道でがつがつバイトする予定だったんだもん。車にはねられるなんて予想できないじゃん」
「それはそうだな。……予想外の入院お疲れ様でした。退院おめでとう。とにかく転ばないように」
「おーいえー! ありがとーっ!」
稜而はジンジャーエール、遥はクリームソーダで乾杯をして、さっそくとんこつラーメンを啜る。
「はあっ、美味い! オレは、こーゆーラーメンを求めてたー!」
「よかったな」
稜而は遥の言葉にうんうんと頷きつつ、ほんの数口で麺を平らげ、まだ遥がふうふうとれんげに息を吹きかけている間に、スープまで飲み終えた。
「早っ! ビックリ人間?」
顔を突き出した遥に、稜而は小さく首を横に振る。
「習い性。食える時に食っておかないと、食いっぱぐれて、次にいつ食えるかわからない。お前もすぐにこうなる」
「マジかー」
「卒後、最初の二年間は体力勝負。研修医の過労死が問題になって、初期研修医のアルバイトが禁止されるようになってからは、かなりマシになったらしいが、それでも食い損ねても、眠り損ねても、疲れても、次のタイミングが来るまで耐える以外の手段はない。三年目でようやく一息。セックスしようかなという気分になる」
「そこへタイミングよく、遥ちゃんが救急車で登場ーっ!」
「ま、そういうことだな」
稜而はそれだけ言うと、ピザを口に頬張った。
「ふふーん。照れてるの?」
遥はれんげと割り箸を持ったまま、稜而の顔を覗き込む。
「さあ?」
稜而はすっと目を逸らし、口の中のピザを黙って咀嚼した。
「りょーおーじーくん?」
さらにしつこく遥が顔を覗き込むと、稜而は目だけを動かして遥を見た。
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと食え。俺が食っちまうぞ」
稜而は言うが早いか、ハニートーストの生クリームを指に掬って遥の唇になすりつけ、その唇にキスをした。
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