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第19話

「うれっし、はずかし、あーさ帰りっ! ……の意味を理解したのは三年前。遥ちゃんはまだエロ動画サイトのサンプルを観るだけでも緊張して、下着メーカーの商品写真一枚でいけてた、非常に燃費のいい純情可憐なチェリーボーイだった頃のことだよ!」 「それは燃費がいい」 翌朝、漁港近くの食堂で宝石箱のような海鮮丼を食べ、帰りの首都高で事故渋滞にはまった。 パトライトを点けた黄色い作業車が後方からやって来たのをバックミラーで確認し、ハンドルをいっぱいに回して道を開け、作業車を追い越させたきり、車の流れは完全に止まって、稜而はサイドブレーキを引く。 「稜而は燃費悪いのー?」 遥は寝不足の目をバタフライフレームのサングラスで覆い、助手席でずっと歌ったり、踊ったり、喋ったりを繰り返していた。 「俺は妄想だけでいける」 偏光サングラスを掛けた稜而がハンドルを抱え、前を見たまま答えると、遥は手を叩き、足を踏み鳴らして笑う。 「超、低燃費ーっ!!! 稜而の脳内ストリップ劇場には、遥ちゃんも出てくるーっ?」 「さあ?」  遥は顎の下に両手の握りこぶしを当てて、頭を左右に振った。 「あーん、年中無休二十四時間レギュラー出演でいいのよー? 赤い襦袢も、メイド服も、バニーガールも、ミニスカポリスも、ホットパンツも、何でも着ちゃうー! そして脱いじゃうー!」 稜而を見つめる遥のサングラスに、稜而の顔が映っていた。  稜而は気付かず緩んでいた顔を引き締め、遥の額を指先ではじく。 「お前、いいから大人しく寝てろ。ウチに着いたら起こす」 「おやすみのキスしてーん!」  シフトレバーを越えて唇を突き出され、稜而は軽く前髪を吹き上げると、遥の肩を抱いて自分の唇を押し付け、さらに舌を差し込んで遥の舌をしゃぶった。 「寝ろ」 稜而が親指で自分の口の端を拭いつつ、視線を前へ戻すのに、遥は稜而のジーンズの前立てへ手を伸ばした。 「ひゅー! カーニバール! うー、サンバっ! チャーラーララーラララーラーラー!」 遥は笑顔の横で両手をひらひらと動かす。 「いいから、寝ろ!」 稜而は遥の小さな顔面を鷲掴みにし、腕を突っ張って遠ざけた。 「やーん、そんなに照れなくてもいいのよー? 遥ちゃんもぐんぐんしてるー!」 「ぐんぐんも寝ろ!」 「自分のぐんぐんは、遥ちゃんのお尻でへこへこ解消するくせにー!」 「お前なぁ……っ!」 「はいはーい、前の車が動き始めたよーん! On y va(オニヴァ)!」 遥は元気よく前方を指差し、稜而は前髪を吹き上げて、サイドブレーキを解除した。 「お前、覚えてろよ」 「どれをー? 朝から遥ちゃんのお顔の前で暴発しちゃって、丁寧にシャンプーとブローをしてくれたことー? あ、それとも稜而のシャツ一枚ノーパン姿の遥ちゃんに大興奮しちゃって抜かずの二発だったことかなー? 稜而先生、お強ーいっ」 「やっぱり忘れろ!」 「また稜而のシャツを着て、お尻を見せてあげるね!」 「ぜひ! そうじゃない! いいからもう寝てろ!」 ヤケ気味に怒鳴る稜而と、手を叩いて笑う遥の会話に決着が着くより先に、スムースに流れ始めた首都高を抜けて、閑静な住宅街へ滑り込んだ。 「渡辺先生の車?」 「違うよ。父さんの妹、ミコ叔母さんの車」 ガレージのシャッターを開けて、丁寧に車庫入れしている白いセダン車があって、その運転席には曙色の着物を着てサングラスを掛けた女性がいた。  切り返しながら、稜而に向かって手を挙げる。 「カッコイイ! 着物で運転してる!」 「庭の茶室で茶道教室を開いてるんだ」 軽く手を挙げて返答し、自分のガレージのシャッターをリモコン操作で開けながら、稜而は言った。 「茶室?! 庭に茶室?! どこにあるの?」 「自宅の庭とは生垣で区切ってるから見えにくいけど、ジョンの家とは反対側の隣。興味があるなら、遊びに行けば。俺は絶対にパス」 「なんで? 茶道嫌いなのー?」 「好きなのか、お前は?」 「日本文化、興味あるー! お着物、超すてきー!」 遥はフロントガラスに額がつきそうなほど身を乗り出して、車庫入れしているミコ叔母さんを見ていた。  ミコ叔母さんは車庫入れを終えると運転席から出てきて、ドライビングシューズから草履に履き替え、遥は助手席からするんと出て行く。 「え、おい、遥っ?!」 遥はミコ叔母さんに駆け寄り、にこやかに挨拶した。 「初めましてー! 稜而の妻の遥ラファエルですー! 真剣に愛し合ってますー!」 「ちょ、バカ!」 後続車に軽いクラクションを鳴らされ、稜而は車を路肩に寄せなければならず、その間にも二人は何か会話していた。 「遥っ! 喋るのやめろ、ちょっと待て!」 運転席から身を乗り出して叫んだが、遥は満面の笑みを浮かべ、両手のひらを稜而に向けて突き出し、くるくると振る。 「あーん、キャベツーぅ! 遥ちゃん、ミコ叔母さんに弟子入りして、花嫁修業することにしたーん!」  稜而はハンドルを拳で叩いた。 「受・験・勉・強、をしろっ!」

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