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第28話
夕方のスーパーマーケットを、遥はミルクティ色の髪を揺らしながら楽しそうに飛び回る。
「うどんをはふはふも、おいーしーけーれど、つくーってあげーたいー、あなたのーくーうふくーをみたすのー、これからー、あんかけラーメン!」
野菜売り場で選んだニラをちょっと振って歌ってから、稜而が持つかごの中へ入れる。
「楽しそうだな」
「一緒にスーパー、楽しい! 夫婦って感じじゃなーい?」
「夫婦って、一緒にスーパーに行くのか?」
「遥は、一緒にスーパーに行く夫婦がいいのーん。それに一緒にお買い物すると、互いの性格もわかるし、価値観も共有できるようになるんじゃないかなーって思うのよーん」
「なるほど」
「実はまだ出会って間もない二人には、お買い物デートって大事なのーん」
「あんまり間もないという気もしないけどな」
「あーん、それは運命の出会いだからなのよー! すてきー! 稜而の肋骨から遥ちゃんができたのー! だから違和感がないのよー!」
「肋骨から人体を丸ごと一つ作るって……」
「やーん、深く考えちゃダメよー! はい、あーん!」
試食品のフルーツトマトを稜而の口へ押し込んだとき、かごを持った理事長が通りかかった。紺色のスリーピーススーツ姿で、仕事帰りの買い物らしい。
「こんばんは。夕食の買い物かい?」
「あ、と、父さん……」
稜而はフルーツトマトをもぐもぐしたまま、かすかに視線が揺らいだ。
「はい! 先生も、フルーツトマト、あーん!」
遥は慌てず騒がず、笑顔で理事長の口へもフルーツトマトを差し出した。
よく似た親子は、同じような顔でフルーツトマトを咀嚼し、それぞれが自分のかごへフルーツトマトを入れた。
「先生も一緒にあんかけラーメン食べませんか? 野菜たっぷりの特製あんかけラーメンです」
手際よく三人分のあんかけラーメンと春巻きとニラ玉を作ってテーブルに並べた。
「しょーゆちょっとたらし、どーんと、うぉーりー、つくーってあげーたい、あなたをーくーるーしめーるくうーふくーとかーから、こーすあいらーびゅー」
いただきますと同じように両手を合わせて、父と子は同じタイミングでどんぶりの上へ顔を突き出し、春巻きを頬張り、ニラ玉へ箸をのばした。
「先生と稜而、そっくり! さすが親子!」
遥が笑うと、理事長は遥を見た。
「そうだ、来週、学会と視察でフランスへ行くんだ。パリで1日スケジュールが空いたから、よければ遥くんのお母様にご挨拶に行きたいのだけど、ご都合はいかがだろうか」
「わーい! 喜ぶと思います。ただ、ウチはムランっていう、東京から見た横浜くらいの場所で、フォンテーヌブローの森の近くにあるんですけど……」
それでも頷いた理事長に、遥は喜んで母親へ連絡を取り、メモを書いた。
「はるかちゃんの、ママにあうためにっ! せんせーいは、ひこうきにのるの! ほんとうはしごと、がっかいとしさつのついで、それでもうれしいのーん!」
日曜日、遥は母親が好きな温泉風入浴剤の詰め合わせを託し、出かける理事長を家の前まで見送った。
「遥くんが元気にしていることや、毎日しっかり勉強していること、しっかりお母様に伝えるからね」
「はい、お願いします。ママンもお会いできるのが楽しみですって言ってます」
「気を付けて」
素っ気ない見送りをする稜而にも穏やかな笑顔を向け、理事長は黒塗りの理事長車で出かけて行った。
「さて。それではかねてからの懸案事項を解決するために、実験を開始しようか」
車を見送った稜而の言葉に、遥は両手を胸の前で組み、ミルクティ色の髪を振った。
「あーん! どきどきなのーん!」
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