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第30話
「遥ちゃんね、キャラ弁は無理だけど、タコさんウィンナーは作れるの。はい、あーん!」
予備校の食堂で、遥は箸で摘まんだタコさんウィンナーを建志の口へぐいぐいと押し付ける。
「な、何だよ? タコさんウィンナー? 見えねぇよ!」
身を引いて遥の箸先にいる赤いタコさんウィンナーを見て、それから口を開けると、遥が口の中へタコさんウィンナーを入れた。
「予め切れ目が入ってて、焼くだけでタコさんウィンナーになる商品がスーパーで売られてたのー! 遥ちゃんびっくりーん!」
「焼いただけ?」
「でも、愛を込めて焼いたわーん! やいてやいてやいて、やいてやいてやいて、やいてやいてやいて、さまして、さまして、さまして、つめーるぅぅぅぅ!」
歌いながら論の口にもタコさんウィンナーを押し込み、論は俯いてタコさんウィンナーを食べた。
「料理褒めてやろうと思ったのに、褒めどころがねぇな」
「料理は愛情よーん! 稜而は『遥が弁当を用意してくれるだけで充分に嬉しいから、無理はするな』って言うのーん!」
「ふうん」
建志はうどんのどんぶりの上に顔を出し、一気に啜りながら生返事をした。
「優しい彼氏だね」
遥の隣に座って、そばを食べていた論の言葉に、遥は若草色の目を丸くする。
「彼氏? ……やーん、彼氏っ?! 稜而って彼氏? やーん、論くんったらぁ! 玉子焼きも食べるぅ? 里芋のそぼろ煮もあげちゃう!」
遥は弁当箱の蓋におかずをのせて、論に向けて差し出した。
それから携帯を取り出して両手でしっかり持つと、画面を見つめ、天井を見上げて深呼吸をし、もう一度携帯の画面を見て、また天井を見上げて深呼吸してから、文字を入力した。
「あーん、どうしよう。でも直接訊くほうがいいかな。でもでも顔見たら訊けないかもなの。今、稜而は仕事中だからメールも迷惑かもだし。帰ったら訊けばいいんだけど、どーしよー!」
携帯を両手で握りしめて、頭をぶんぶんと左右に振っていたら、携帯が小さく鳴動した。
「ひゃあんっ!」
通話ボタンを押して耳にあてると、向こうから稜而の声が聞こえた。
「ごちそうさま。今日も美味しかった」
「あーん、稜而ぃ!」
遥は両足の先でぱたぱたと床を蹴りながら、肩を左右に揺らした。
「今日は昼に休憩をとれたから、直接礼を言おうと思った。ありがとう」
「ど、……どういたしまして、なの……ん」
携帯を宝物のように両手で支えながら、遥は小さな声で礼を言った。
「元気がないな。どうした?」
「えっと。……あーん、どーしよーなの。……質問、なんだ……けどぉ……」
「いいぞ」
「稜而って、遥の……彼氏……? あーん、何でもないの。勘違い! 言い間違い! 聞き間違いなの!」
「全部」
「え?」
「遥がくれるポジションなら、何でも。彼氏でも、友達でも、恋人でも、当てはまるものは何でも全部、俺がもらう」
「全部……」
遥はひゃあっと小さな悲鳴を上げると、そのまま隣に座る論の膝の上へ倒れ込んだ。
午後の授業はいつもよりきつく髪を結って、実用一点張りのウェリントンフレームの眼鏡もしっかり掛けて臨んだ。
それでも休憩時間になると、遥は隣の椅子の上に倒れ込み、蛍光灯が並ぶ天井を見上げてぼんやりした。
「彼氏と、恋人と、友達と、親友と、セックスパートナーと……。お兄さんも。……あーん、旦那? 夫? それは早すぎ? 考えすぎ? でも遥があげるなら、そのポジションもいいの? 稜而の妻、なのーん……? ホントに妻なの? ……うあーっ!!!」
勢いよく起き上がって机の角に額をぶつけ、また椅子の上に倒れ込んだ。
「痛ったぁい! 脳細胞死ぬ!」
そのときまた携帯が鳴動し、メールの着信があって、遥は差出人を見て気軽に開く。
「はーい、おはようママン。愛してるよーん。あなたのラフィは今日も元気ー!」
フランス語の羅列へ素早く目を走らせ、遥は「Whaou !」と声を上げて、また机の裏側に頭をぶつけた。
「痛いのーん。大学受験、失敗したらどーしよーん!」
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