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第38話-ママン来日編-
建志と論は揃って顔を赤くしながら、「おじゃましました。また予備校で」と挨拶をして、帰っていった。
門の外まで見送って、ジョンの家の角を曲がって見えなくなるまで見送っていたとき、黒塗りのセダン車が静かにこちらへ向かってきた。
「ああ、父さんだ」
「わーい、渡辺先生、おかえりなさーい!」
遥はぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を振り、稜而は遥が飛び出して行かないように、遥のジーンズのウェストを掴んでいた。
車が停まると、稜而がホテルのドアマンのようなスムースさでドアを開ける。
「お帰り」
「ありがとう。ただいま。遥くんもただいま」
「お帰りなさい! ……あの、ママンは元気でしたか?」
珍しく恥じらいがちに質問する遥に、理事長は穏やかな笑顔を見せる。
「とてもお元気だったよ。気持ちのしっかりした素敵なお母様だね。たくさんお話をさせて頂いたよ。つい長居をしてしまった」
理事長は稜而と同じ形の目を細め、話しながらコデマリのアプローチを抜け、家の中へ入る。
運転手がトランクルームから下ろした荷物は稜而が受け取って、後ろをついてきた。
「土産もたくさんありそうだな」
「ああ、パティさんからたくさん預かってきたんだ。メッセージカードや遥くんの好きなお菓子や愛用の香水、あとポトフ用のコンソメ……」
「わー、コンソメ! このポトフ用コンソメキューブだけは、日本では売ってないんだよ! 今夜はポトフにしようっと! 先生も稜而もご一緒に!」
るんたった、るんたったと遥がスーパーで肉や野菜を買う間、稜而はカートを押して歩いていたが、総菜売り場で足を止めた。
「コロッケも食べたい」
稜而の視線の先にあるコロッケは、粘り気のある黒っぽい油を網の下に垂らしていて、変な油臭さが感じられた。
「オレ、作ろうか?」
「作れるのか? 揚げ物だぞ? よく知らないけど、工程も複雑そうだ」
「別に俺は揚げ物は苦手じゃねーし。ポトフのジャガイモを流用してよければ、そんなに手間もかかんねぇ」
「疲れてるんじゃないのか、話し方が普通だぞ?」
稜而が遥の頬をつまみながら笑った。
「やーん。キャベツと二人きりのときは、こういうこともあるのーん!」
遥は首をすくめながら笑って、ジャガイモと玉ねぎを多めにかごに入れ、ひき肉も買った。
遥がジーンズリメイクのエプロンをしてキッチンに立つと、稜而もコーヒーを片手にキッチンスツールに座り、料理する後ろ姿を眺めた。
野菜を大きく切ってコンソメキューブとローリエを入れた湯で煮込み、途中でジャガイモを別の鍋に移して粉ふきいもにする。
みじん切りした玉ねぎと挽肉に塩コショウで味付けして余計な油分や水分を切ったものと、荒くつぶしたジャガイモをボウルで合わせていると、稜而が遥の肩に顎を乗せた。
「味見させて」
遥がコロッケのたねをスプーンですくうと、稜而はかぱっと口を開けたので、そのまま口の中へ入れてやる。
「うん、美味い。もっと食べたい」
「味見だけでなくなっちゃうよ。あとでね」
「もうひと口だけ」
「もう……」
「お願い」
頬にキスされて、遥は仕方なくもう一度スプーンでコロッケのたねをすくって、稜而の口へ入れた。
「あーん、こうやって言われるまま金を財布に入れてあげちゃう女にだけはなるまい! って思うのよー」
「俺が見境なくなるのは、遥とコロッケだけ」
稜而は甘ったれの犬のように、遥の頬を鼻先で突いて、頬や首筋にキスを繰り返す。
「やーん。お料理できなくなっちゃうのー」
「ポトフを煮込む時間で、遥のことも煮込んでやるよ」
稜而の手が遥の尻を撫でまわす。
「あーん、えっちなのー。さいこうー!」
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