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第41話
遥はぱっちりと目を開けて、寝室の天井と、カーテンの隙間から差し込む青い光、深い寝息を立てている稜而の横顔を見た。
「目が覚めちゃったのん……」
かぱっと起き上がると、怪獣の足型のスリッパを履き、ローゲージのロングカーディガンを羽織ってキッチンへ行った。
「あーさからはるかはげんきー! きゅーとなひっぷをふ・り・ふ・り!」
いい加減な歌を歌い、尻を振って踊りつつ、コーヒーショップで買った蓋つきのタンブラーにインスタントコーヒーを淹れ、バルコニーへ出る。
目の前のタイサンボクは、冬になっても艶と厚みのある大きな葉を茂らせているが、庭の木々の大半は葉を落とし、それぞれに特徴のある枝や幹を見せて、青白い光の中で静かにしていた。
「カムチャッカからバトンタッチされた朝を、遥ちゃんが独り占めなのん」
紺碧が残る空がだんだんに透きとおり、ほんのり赤みが差してきた頃、毛布を羽織った稜而に背後から包み込まれた。
「せっかくママンと会える日なのに、風邪ひくぞ」
ぴたりと頬をくっつけられた。
「稜而のほっぺ、熱々なのん」
「遥の頬が冷たいんだ。唇も冷えてるだろう?」
顎を掴んで振り向かされて、唇で唇の温度が確かめられ、そのまま舌と唇で温もりを与えられた。
遥は稜而の温かい唇と舌を口の中でよく味わってから、目を開けた。
「キャベツ。愛してるのん」
「Ma chenille 。愛してる」
遥に習った単語を口にして、冷えたバラ色の頬にキスをした。遥は不意に目を伏せる。ミルクティ色の睫毛が目元に影を落とした。
「……オレ、ママンには自分がゲイだって話してないんだ。心配させたくない」
「わかった」
「稜而のこと、恋人って紹介したい気持ちは山々なんだけど……。ごめん」
「お互い様だろ」
二人は笑顔のないまま視線を合わせ、静かに唇を重ねた。
「じゃじゃーん! ウェルカムボード! ようこそにっぽんへー、くっくくっくー、はるかのおかあさんー!」
空港の国際線の到着ロビーで、遥が取り出したいつものクロッキー帳には、『PATRICIA!!!』と書いてあり、その文字の周りを花や風船や紙吹雪、クリスマスツリーや星やリボンなどの賑やかなイラストで飾ってあった。
「必ず、ママンは喜んでくれるのん!」
「そうだね、パティさんは必ず喜んでくれる。遥くんは思い切りのいい絵を描くね、このクリスマスツリーの飾りつけはとても賑やかで、遥くんのパティさんを歓迎する楽しい気持ちが伝わってくるよ。素晴らしい」
理事長は、稜而と同じ形をした目を細めて頷いた。
ゲートから人が出てくるたびに、待っている人たちは期待を込めた目で伸び上がり、違うとわかると踵を床につけて、次の人を待った。
遥も同じことを繰り返した。
「あーん、遅いのーん……」
「入国審査が混んでいるんじゃないか」
周囲の人と同じ会話を数回繰り返して、そろそろ景色を見回すのも飽きた頃、理事長が声を上げて、手を振った。
「あ、パティさんだ!」
「先生、見つけるのが早いのん」
母親はプラチナブロンドのボブカットを揺らし、空色の瞳を細めて、手を振る理事長へ細い手を振り返していた。
母親はスーツケースを押しながらどんどん歩いてくると、両手を大きく広げ、ぎゅうっと遥を抱きしめた。
「ラフィ! 会いたかったわ!」
深呼吸したくなる爽やかなハーブの香りを嗅ぎ取って、遥は母親を抱き締め返した。
「ママン、長旅お疲れ様!」
二人は左右交互に頬を触れさせ、口の中でキスの音を立てたが、稜而と理事長が一緒に目を細めて見守っているのに気づくと、自分の頬を両手で挟んだ。
「あーん、遥ちゃんも年頃の息子だから、母親にハグされるのは照れくさいのん」
「そんなふうには見えないけどな」
「そういうふうに見るの! 遥ちゃんだって、半分は日本男児なんだから!」
話している間に、理事長が母親とハグをして、左右の頬を触れ合わせながらキスの音を立てていた。
「先生の方が堂々としてるのん」
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