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第42話

『隣の家にはジョンっていう名前の犬が住んでいて、プールに飛び込んで来るんだ。ミコ叔母さんの茶道教室に通ってる。それから稜而は優しくて、オレが弁当作るとありがとうって食べてくれて、予備校の論はピアニストで今度クリスマスコンサートを演るんだ。聴きに行こうよ。建志は論をサポートするために整形外科医になりたくて。あ、事故は驚いた。空中で足を振り上げて頭を上にしたんだ。骨折はすごく痛かったし、心細かったけど、稜而がいてくれたから大丈夫だった。食事の時間になると病室へ来てくれて、一緒にご飯を食べてくれたし、夜は寝つくまでベッドサイドにいてくれた。それから、それから……』 空港から離れる車の後部座席で、遥は母親に向かって一気にフランス語をまくし立てた。 『家政婦の名前はむにさん! 魔法使いみたいになんでもできて、猫も犬も飼ってる! タイサンボクの木が目の前! 稜而と先生はコロッケを飲み物みたいに食べる!』 そこまで言うと、さすがにもう思いつくことはなくて、遥は背もたれに自分の背中をくっつけた。  母親は遥の目をしっかり見ながら、笑顔で全部の話を聞き、頷いた。 『そう。よかったわ、ラフィが日本で充実した毎日を過ごしていて』 ミルクティ色の髪を撫でられて、遥はこくんと頷き、笑顔になった。 「久しぶりに思いっきりフランス語を喋ったのーん。あーあー、はてしないー、こきょうをおもうきもちーーいぇーーーい! あーあー、にっぽんもー、はるかちゃんのこきょうなのよぉーーーーー!」 「俺の名前、出てた?」 助手席に座る稜而が苦笑した。 「うん。いいことしか言ってないよ! 稜而、優しくて素敵!」 「それはどうも」 「あと、先生と稜而はコロッケが大好き!」 理事長もハンドルを握りながら、笑顔で頷いた。 「その通りだね」  理事長は少し遠回りをして、東京湾沿いの景色のいい道を通り、東京タワーの脇を通って、自宅までドライブをした。 「高校の頃、学校帰りに友達と東京タワーに来て、階段で上った。エレベーターでも階段でも、展望台の入場料は同じなんだ」 稜而が突然、思い出話を始め、理事長は穏やかな笑みを浮かべる。 「初耳だな」 「特に話すことでもないと思ったんじゃないかな。結構、無駄に体力を使うことをしてたよ。レインボーブリッジを歩いて渡ったこともある。トレーニングだ、なんてこじつけをして友達と歩き回っていた」 笑いながら言った。 「稜而、部活は何をしてたのん?」 「剣道。大学四年までやってた」  稜而の答えに頷いて、理事長が口を開く。 「稜而の剣道は小学生のときに警察署へ習いに行ったのが最初だったのかな」 「そう。ミコ叔母さんに勧められて。大咲警察署で教えてるって調べてきてくれたのも、ミコ叔母さんだったと思う」 「そうだったのか。その頃は身辺が落ち着かなくて、記憶が曖昧だ。……言い訳かな」 「言い訳だな。喧嘩する両親の姿に、一人息子がいかに胸を痛めたか」 稜而は笑いながら言った。 「あのときは申し訳なかった」 理事長は苦笑し、稜而は腕を組んでとても偉そうに言う。 「よかろう。男手一つでよくここまで育ててくれた。褒めてつかわす」 理事長も稜而も弾けるように笑っていて、遥は母親とそっと笑みを交わした。 「両親の離婚について、あんな風に話したのは初めてだった」  自宅に到着して、母親をゲストルームへ案内し、二人きりになってから、稜而は遥に告白した。 「そっかー、よかったーん。先生もニコニコしてたん」 コーヒーメーカーの保温プレートに加熱されて少し煮詰まったコーヒーを、二人の手にあるマグカップへ均等につぎ足しながら、遥はバラ色の頬を持ち上げて微笑んだ。 「遥がママンに向かってたくさん話した姿に、俺も少し釣られたかも知れない」 「親子のコミュニケーションはいいことなのよー!」 「二人きりより、誰かが一緒にいてくれる方が話しやすいような気もした」 「空気が薄まって気持ちが楽になるのん。ひょっとしたら助け舟もやって来るん」 「確かに」  マントルピースの前にある、どっしりとした深い飴色のマンチェスターフィールドソファに落ち着くと、すぐに稜而は遥の肩へ手を回した。 「父さんと話せてよかった。遥のおかげかも」 「あーん、どういたしましてかもかもなのーん!」  遥は稜而の肩に甘えてから、ずるずると頭の位置を下げて太腿に着地する。 「膝枕って、エッチなのん。稜而のビッグマグナムが、すぐ近くなのよ」 遥はころんと寝返りを打ち、目の前にあるジーンズのファスナーにキスを始めた。  稜而の手は遥の胸の粒を難なく見つけてなぶり、遥は湧き上がる快感に呼吸を早めながら唇を押し付けた。 「ん……。んん……」 稜而のジーンズの膨らみに手を這わせ、ファスナーに手を掛ける。 「稜而さん、ラフィ、どこにいるの? ディナーに行きましょっ!」 ばあんっとリビングルームのドアを開けられて、二人は跳ね上がった。 「ママン!」 人形劇のように背もたれの向こうへ顔を出すと、母親はニッコリ笑った。 「あら、ラフィ。ここにいたのね。稜而さんも一緒に? 仲がいいのね」 母親はすたすたとリビングルームへ入って来て、稜而は脚を組んで変化をさり気なく庇いつつ、王子様の笑顔を浮かべた。 「もう出掛ける時間でしたっけ?」 「モトさんが散歩がてらのんびり行こうかって」 「モトさんって誰のことなのん?」 「渡辺資而(もとじ)、父さんのことじゃないかな」 「Oui!」 「それでモトさんなのん。覚え切れるかしらん。稜而のお父さんは理事長で先生でモトさん、遥のママンはパトリシアでパティさんなのよ……」
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