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第47話
「……こほん、こほん。私、遥ラファエル撫子ちゃんでございますなのよ、ごきげんよう」
そう言うなり、遥は背筋を伸ばし、楚々とした足運びで歩き出す。物を扱う指先は揃い、手を上げるときは反対の手で袖を押さえて、肘を見せるようなこともしない。
ミコ叔母さんが若い頃に着ていたという、可愛らしい矢羽根模様の長羽織へ袖を通し、暖かなモヘアのショールを羽織ると、草履とお揃いのハンドバッグを手にして、稜而に向けて微笑んだ。
「参りましょ、なのん」
「茶道を習うと立ち居振る舞いが美しくなるって聞くけど、効果てきめんだな」
ジャケット姿の稜而は、自分の肘を軽く曲げて遥に差し出した。
「はふーん。ミコ叔母さんのご指導のタカラモノなのよ。でも、お草履を履いて歩くのは、遥ちゃんあまり慣れてないのん。稜而にエスコートしてほしいのよ」
稜而が差し出す手に掴まって車を降り、開けてもらったドアを抜けて、遥は劇場の赤いビロードの椅子に座った。
「ママンは歌舞伎を観たことがあるんだって。遥ちゃんだけが初めてなのん。ミコ叔母さん、いろいろ教えてください」
「私でわかることなら、もちろんよ」
しっとり頭を下げる遥に、ミコ叔母さんは自分の胸を叩くように手を当てて、にっこり笑った。
「紙芝居……?」
幕が上がってすぐ、舞台装置を見た遥は首を傾げた。写実からは程遠い、べたりと平面的に描かれた松の木の絵に戸惑っていた。
「書き割りというのよ。紙芝居というより、浮世絵かしらね」
ミコ叔母さんに耳打ちされて、遥は頷いた。
「おーいえー、ウキヨエ!」
遥は頷くと、それきり若草色の瞳に舞台を映し続けた。
音声ガイドも使わず、ミコ叔母さんにも質問せず、独特な抑揚をつけた台詞と決められた型が多用される演技を見続けていた。
「さあ、幕間 よ! 幕の内弁当を食べに行きましょう! 短い時間で慌ただしく食べるのが流儀なのよ!」
休憩時間になると、ミコ叔母さんはいたずらっぽく笑い、全員を引き連れて上階のレストランへ行った。
客席からレストランへ一斉に観客が移動するのに、レストランのスタッフは全く動じす、予約した名前と人数を確認すると、素早く客を案内してくれる。
テーブルの上には大きな黒塗りの箱があり、蓋を開けると、升に区切ったところへ彩りよく、煮物や揚げ物、蒸し物、刺身、酢の物、水菓子などの食事が食べやすいように一口ずつ盛りつけられていた。
「早く食べるのは得意だ」
理事長と稜而は揃っていたずらっぽく笑う。
「あーん、お弁当箱と口の間を箸が往復するだけでも距離と時間が掛かるはずよ。先生と稜而が食べる速さは計算が合わないのん!」
着物をよごさないように、レースのハンカチを着物の胸元の合わせ目に挟み込み、膝の上にナフキンを広げて、遥も早く箸を動かし、口を動かす。
「おーいえー! 遥ちゃんも、やればできる子なのん! 満腹ぅ!」
稜而と同じスピードとはいかないものの、素早く食べ終え、ナフキンで口を拭った。
まだ食べている母親とミコ叔母さん、ゆっくりお茶を飲んでいる理事長を残して、稜而は失礼と立ち上がった。
「一足お先に」
「遥ちゃんも行く!」
訳も分からずついて出ると、稜而は苦笑した。
「トイレへ行くだけだぞ」
「遥ちゃんも行く! つれしょんなのよー!」
稜而と一緒に、当たり前に男子トイレへ足を踏み入れると、先客たちが目を剥いた。慌てて背中を向ける人もいて、遥は首を傾げる。
「え? 遥ちゃん有名人じゃないのよ? ハーフが珍しい?」
稜而も一瞬考えて、すぐに笑った。
「お前、その恰好は勘違いされても仕方がないぞ」
「やーん、男の子ですぅ! ついてますのーん」
稜而の隣に立ち、小便器を前にして、長着、長襦袢、裾除けと掻き分け、目当てのものを引っ張り出して用事を済ませると、また裾除け、長襦袢、長着と丁寧に重ねて身なりを整え、鏡の前で手を洗って髪を撫でつけ、口紅をひいて、鏡越しに稜而を見てニッコリした。
「遥ちゃん、美人になった?」
「いつも美人だけど、いつにも増して美人だ」
「あーん、ありがとうなの。稜而もいつにも増して王子様よー」
遥は稜而が差し出した肘に軽く手を掛け、振り返る男性たちに笑顔で会釈し、手を振りながら男子トイレを出る。
「そんなにそわそわしないでー、はるかはいつでもおとこよー、はるかはいつでもにこにこー、はるかはやまとなでしこっ、かわいいっ! かわいいっ! なでしこっ! うっふん♡ すてきっ! すてきっ! なでしこっ! うふふ♡ すてきっ! やまとっ! なでしこっ! うっふん♡ はるかっ、やまとっ、なでしこー!」
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