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第48話

「おーいえー! 歌舞伎は日本文化の源泉なのよーっ!!!」 客席が明るくなると同時に、拍手をしたまま遥は勢いよく立ち上がった。脚の後ろで座席が勢いよく跳ね上がる。 「日本のマンガやアニメが優れてるのは、歌舞伎があるからよ! ストップモーションしたり、目を見開いたり、お化粧やお衣装を見るだけで役柄がわかったり、超、超、マンガなのよ! アニメなのん! それから、それから、場面転換の素早さも、花道も、すっぽんも、マンガのコマ割り、カメラワーク、次から次へ飽きない展開なのーんっ!!!!!」  遥は周囲を見回したかと思うと、ビジネススーツタイプの制服を着た座席係の女性を見つけて駆け寄り、両手を握った。 「とっても素敵な歌舞伎でしたのーん! 生まれて初めて観ましたけど、日本文化の源泉を感じましたのよ。素晴らしい芸術です! 感動しましたのん! こんな素晴らしい舞台を作り出した役者さんにも、スタッフさんにも、ブラボーってお伝えくださいましですなのよー!」 座席係の女性の手を握ったままぶんぶん上下に振って、まくしたてた。  女性は笑顔を浮かべながらも半歩引いて仰け反っていたが、遥は女性の目を真っ直ぐに見たまま、心を込めて言葉を続ける。 「そしてあなたも。あなたが席へ案内して、サポートしてくれたから、くつろいで楽しむことができました。ありがとうございましたなのよー! これからもお身体お大切に、ご自愛専一のほど、今後ますますのご活躍をお祈り申し上げますですのん!」  女性も、遥の言葉に次第に本当の笑顔を取り戻し、柔らかな表情になって頷いた。 「ありがとうございます。役者さんたちにも、スタッフにも伝えます。本日はご来場いただきまして、ありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております」 「はい、また来させていただきますのん。お小遣い貯めて、観に来ますのん。だからそのときまで、どうぞここでお仕事していてください。またお会いしましょう、ごきげんようございました!」 遥の言葉遣いはめちゃくちゃだったが、その態度は真摯で、傍で見ていた四人の大人たち――稜而と、ミコ叔母さん、理事長、母親――すら、しんとしてしまった。女性もしっかり深く頷いて、遥の手を握り返していた。 「さあ、遥ちゃん、そろそろ参りましょう。皆様は、次の部に向けて準備がありますから」  ミコ叔母さんに促されて歩きながらも、遥は振り返り、振り返り、座席係の女性へ手を振り、座席係の女性も繰り返し手を振り返してくれながら、劇場をあとにした。 「はあ。本当に素晴らしい歌舞伎おーいえーだったのん」 遥は自分の頬を両手で挟んで頭を左右に振った。 「遥ちゃんが歌舞伎を楽しんでくれて、よかったわ。パティさんも楽しめました?」 「ええ。初めて見たときよりも、世界観がわかったし、深く楽しむことができました」  話すミコ叔母さんと遥と母親の後ろで、稜而と理事長は感心していた。 「遥は、案外、人心掌握術に長けてる気がするな」 「遥くんの素直な気持ちは相手に伝わるし、人を動かす熱量があるね」 稜而と理事長は同じテンポでうんうんと頷いた。 「さあ、レッツ銀ブラなのよーん! ギンギンぶらぶら、ゆうひがしず……まないのーん! お楽しみはこれからよーん!」  銀座通りへ出ると、遥は少しも見逃さないようにしようと、結い上げているミルクティ色の髪を振って、街を見回す。  街のいたるところにクリスマスツリーが置かれ、キラキラとしたモールや赤いリボン、豆電球、金の星などが輝いている。 「あーん、素敵なのーん! もうすぐクリスマス! よいこのところにはサンタクロースが来るのよー! ♪ さあ、ねむりなさいー、はをみがいて、パジャマにー、きがえたーら、サンタをみないように、まぶたをぎゅっと、ふさぎましょー ♪ サンタさんの姿は見ちゃいけないの。見たら次の年から来てくれなくなっちゃうのよ! わるいごはいねがーって、夜中にこっそり枕元へ来るのよー!」 「うーん……。なまはげは活動時期が近いけど、和製サンタではないぞ」 「えー?! 日本のサンタさんは干し草を着て、赤いお面をつけて、包丁持って来るんじゃないのー?! 遥ちゃん、テレビで観たのよー!」 「どこかで勘違いしてるな」 稜而が片頬を上げるのを見て、遥は自分の頬を両手でぎゅっと挟んだ。 「あーん、予備校で建志にもそうやって教えてあげちゃったのよー! どーしよー!」 「予備校へ行ったら訂正しておいたほうがいいぞ」 「そうするー! やーん、ひょっとして、クリスマスプレゼントは、お地蔵さんに三角形のお帽子をあげると、夜中にお餅やお米を持って来るっていうのも……」 「別の話だな」 「あーん、建志ごめんなさいなのーん!!!」  歩行者天国の真ん中で、遥は両手を握りこぶしにして顎の下にあて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
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