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第55話-お正月編-
「♪みかんをのせましょ、かがみもちー、かどまつたてましょ、もんのわきー、ごーにんばやしのふえたいこー、きょうはしょうがつ、きけませんー♪ 遥ちゃんは男の子だけど、おひなさまも楽しそうでお祝いしてみたいのーん!」
煩悩を手放すまいと除夜の鐘が鳴る間、躍起になって煩悩にまみれた二人は、翌朝アラームを止めるたびに相手を抱き寄せ、脚を絡め、キスするのを繰り返し、三度目の正直でようやくベッドから抜け出した。
「あーん、素敵な夜だったのよー! 稜而は遥を抱きしめて、ゆっくり腰を揺らしながら、何度も『遥、愛してる。愛してる』って言ってくれたのーん! 遥ちゃんは気持ちよくて、あーんってなっちゃってたからあんまりお返事できなかったけど、しっかり聞こえてたわー!」
両手を顎の下に組んでミルクティ色の巻き髪を振ってから、パジャマ姿のままエプロンを着けて、角餅をテフロン加工のフライパンに並べる。
「電子レンジや魚焼きグリル、オーブントースターもいいんだけど、遥ちゃんはこのやり方なのよー。フランスの家のキッチンに魚焼きグリルはなかったし、トースターはポップアップで、オーブンは温まるのに時間がかかって、電子レンジは焼き目をつけてくれなかったのー」
菜箸で何度か餅を裏返しながら、隣のコンロで鍋いっぱいの澄まし汁を温める。
「ミコ叔母さんに教わった、渡辺家のお雑煮は、焼いた角餅に澄まし汁、鶏肉、小松菜、椎茸、人参、牛蒡、蒲鉾なのん! 小松菜は茹でて保存容器に入れて冷蔵庫にしまっておいて、あとで入れるのよ。焼いたお餅は澄まし汁へ入れて少しだけ煮るのん」
正月だけ特別に使う、家紋入りの大ぶりの朱塗りの椀にできあがった雑煮を盛りつけて、蓋を着せる。
「正月って感じがする」
シャワーから出てきた稜而が、遥の尻を撫でながら、頬にキスをする。
「稜而のお友達の大将に作ってもらったおせちは今夜、食べましょうね。早くしないと、日直のお仕事に遅刻しちゃうのよー」
遥の尻を撫でまわしている稜而をダイニングテーブルへ追い立てて、納戸から探し出した器を使って屠蘇を飲み、雑煮を食べ、出掛ける稜而を慌ただしく見送る。
「いってらっしゃいなのん」
コートを着ながら遥の顔を見た稜而は、襟を整えつつ遥の耳に口を寄せる。
「今夜、姫はじめする?」
「おー! いえー……? ヒメハジメ?」
稜而が遥の耳許で説明すると、遥はくすぐったそうに肩を竦めてから、ぴょんぴょん跳ねた。
「今夜は年のはじめの姫はじめ、おーいえー! 遥ちゃん、張り切っちゃうわー!」
稜而に弁当を持たせ、尻を撫でられつつ抱き合ってキスをして送り出すと、遥も身支度をして家を出た。
電車に乗り、生物のテキストを十ページほど通読したところで目的地に着き、遥はアンティーク着物を扱う店へ行く。
「あけおめことよろ、遥ちゃんですー! 赤い襦袢をくださいなー!」
遥がガラリの戸を開けると、モダン柄の銘仙にレースの襟を合わせた女性が目を細めた。
「あら、遥ちゃん。今年もよろしくお願いします。今日は叔母さんと一緒じゃないの? 赤い襦袢は案外少ないのよね。おもての着物に色が透けちゃうでしょう。桜色ならあるんだけど」
初詣の着物レンタルを利用する客が出入りする中、遥は店の棚を見回した。
「これ、新品で激安なのん」
「それ、化繊よ。簡単に洗えるけど、叔母さんがお持ちのよそ行きの柔らかものに重ねるのは、私は勧めないわ」
「おーいえー。今日はお姫様のコスプレで使うのん。見た目とお金重視なのよー」
「あら、だったらこの赤なんてどう? 小桜模様が織り出してあって、可愛いわよ。デッドストック品で値段も安いし。遥ちゃんの身長だと、裄丈足りないかな……」
「少ししか着ないから、OKなのん。稜而はたぶん、裄丈は短いほうが嬉しいのん」
赤い襦袢を買ったら、白い足袋をお年賀でくれて、遥は包みを抱えて店を出た。
また数駅電車に乗って、生物のテキストを読み、降りて繁華街へ行く。午前中は大半の店が閉まっていて、破れたゴミ袋から生ごみがこぼれ出ている静かな道を歩く。
真っ赤なレースのベビードールや、股間に『お年玉』と書かれた白ブリーフがショーケースにディスプレイされた間口の狭い店へ足を踏み入れた。
「あけおめことよろなのーん」
店内に客はなく、店主の男性が気さくに遥へ声を掛ける。
「よう。新年早々、張り切ってるな。白菜だっけ? 上手くいってるのか」
「キャベツなのん。もちろん上手くいってるのよー! 今夜は姫はじめなんだからーん」
「どうせクリスマスも大晦日のカウントダウンもやったんだろ? 元気だな」
「キャベツは、遥ちゃんのお尻を見たら、いつでもぐんぐん元気になっちゃうのよー」
「今夜は和風で攻めるか?」
「よくおわかりなのん。赤い襦袢を着ちゃうのよ! ほら、これ!」
包みを開けて、赤い襦袢と白い足袋を見せると、男性はニヤリと笑う。
「これだけラッピングが揃ってりゃ、下着なんかいらねぇよ。過剰包装は野暮だ」
「なるほどね、なのん」
「白菜が脱がせない限り、襦袢も足袋も自分から脱いだりするなよ。着せたままやる楽しみもあるからな。存分に遊ばせてやって、気持ちよくしてもらえ」
「おーいえー!」
遥は買い物をせず店を出て、また生物のテキストを通読しながら電車に揺られ、帰宅した。
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