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第61話

「こら、遥。チャーハンでうがいをするな!」 遥はチャーハンをれんげに山盛りすくって口に入れては、上を向いて大きく口を開けて泣くので、チャーハンが口の中でゴボゴボ動き、口の両端からぼろぼろこぼれる。 「うわーん! こらって言われたー! 振られるのよー!」 「泣くか食べるかどっちかにしろって!」  稜而はこぼれるチャーハンを拾い、遥の涙を拭き、またチャーハンを拾って、涙を拭く。 「あーん、あーん、お腹は空いてるし、稜而に振られるのは悲しいのよー!」 「優先順位をつけろ!」 「ご飯食べるー!!!」 「頼もしい」 稜而が噴き出すと、遥はまた泣く。 「ごめんなさいーーー!!! 気持ちはご飯より稜而なのよー!!! でもでも武士も食わねば戦はできぬのよー!!!」 「それでいい。まずはしっかり食べて、話はそれからだ」 稜而はれんげで皿に残っているチャーハンをすくい、遥の口許へ差し出した。 「はい、遥。あーん」 「あーん。…………ふふふっ、美味しいのん」 「よく噛んで、落ち着いて飲み込めよ。はい、あーん。そう、おりこうさんだ」 遥の頭を撫で、背中を撫でながら、麻婆豆腐や酢豚を、雀の子を世話するように、遥の口へ運んでやり、泣きそうになると背中を撫でてなだめた。 「ほら、泣くのはあとだ。いい子だから食べろ」  遥はこくんと頷いて、かぱっと口を開け、よく噛んで飲み込んで、普段の一人前より少し多い量をしっかり食べた。 「はい、よく食べた。とりあえず店を出よう」 「うん……」 遥はまた何か思ったらしく、一気に表情が曇って俯いてしまう。稜而はその手をとって、また自分のポケットにつないだ手を入れて、人通りのない都道沿いの歩道を歩いた。 「ほら、遥。月が出てる」 「うん。地面にペットボトルが転がってるのん……」 「遥、北極星が見える」 「コンビニ袋が風で飛ばされてったわ……」 「雲が動いてるよ、遥」 「パンジーだけが咲いてるのん。花びらが風に吹かれて寒そうよ」  稜而は片頬を上げ、遥とつないでる手をしっかり握って、口許に穏やかな笑みを浮かべながら夜の道を歩いた。菱形が連なるフェンス越しに、白い光の帯を曳いて山手線が追い越していく。 「ごめんな、遥」 「何がなのん?」 「俺がしっかりしていないから、遥を泣かせた」 「遥ちゃんが泣いたのは、遥ちゃんが泣きたかったからよ。稜而は悪くないのん」 「そうかな。俺が足場固めなんて考えず、しっかりプロポーズすればよかったんじゃないか。生涯変わらずに遥を愛してるって言えばよかった」  稜而は足を止め、建物を見上げた。午前中に遥が祈りを捧げた教会があった。 「遥の神様の前で、きちんと約束しよう」 稜而は遥の手を引いて礼拝堂へ入り、聖水盤の前で十字を切って挨拶をすると、遥の手を引いて一番隅の席に陣取った。 「こういうとき、何て言うんだっけ」 携帯を操作して検索すると、稜而はその文言を表示させ、遥に見せた。 「うっそーん……」 「きちんとした儀式は、いずれ。その代わり、この言葉は一度きりじゃなくて、何度でも口にして心に刻む」 コートのポケットの中で、稜而は遥の手を改めて握り直した。  稜而は肩を上げ、肩を下げて息を吐き、コートのポケットの中でしっかり遥の手を握りながら、遥の耳に届く声ではっきりと文言を読み上げた。 「私、渡辺稜而は、マルタン・遥ラファエルを生涯のパートナーに定め。……幸せなときも、困難なときも、富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで、愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」  どう? と顔を覗き込まれ、遥は頷いて稜而の手元の画面を覗き込んだ。 「オ、オレ。ええと私、マルタン・遥ラファエルも、渡辺稜而を生涯のパートナーに定めます、……のん。それで……、幸せなときも、困難なときも、富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います、……なのん」 「俺は遥の神様に約束する。ずっと遥と一緒にいるからな。……いい?」 「うん。末永くよろしくお願いしますです、なのん」 「こちらこそ」 俯く遥の唇へそっと唇を重ね、稜而はにっこり笑い掛けた。 「愛してる」 「は、遥ちゃんも、愛してる、……なのよー……」 「照れてる?」 「当たり前でしょなのん」 からかうように覗き込んで来る稜而の頬を叩くふりで撫でて、遥は頬を薔薇色に染めて微笑んだ。

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