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第73話

 翌日、二人はRER(エール・ウ・エール、イル=ド=フランス地域圏急行鉄道網)に乗るため、駅のプラットホームに立った。 「レオのお仕事が終わるまで、日帰りパリ観光なのよー! エッフェル塔も、凱旋門も、オペラ座も、美術館も行きましょうなのーん!! ♪びじゅつかんで、あったひとだろ、そうよはるか、まちがいないわ! びじゅつかんで、あったひとだろ、そうよりょうじ、まちがいないわ!♪」  遥はぴょこぴょこ頭を揺らしながら楽しそうに歌を歌い、白地に赤と青のラインをまとった車両が入線してくる姿に目を細めた。 「二階建て?」 稜而は目の前で停止した電車を見上げた。 「RERは二階建ての車両が多いのよ。座席もゆったり、どうぞごゆっくりーなのーん。遥ちゃんは昼間しか乗ったことないけど、早朝や深夜はちょっぴり治安がよろしくないらしいから、ご注意くださいませませませー!」 赤い扉が開くと、すぐ階段があって、遥は稜而を伴って二階へ上がり、窓際の席を稜而に譲った。  稜而は素直に座席に座り、足元にハンバーガーショップの紙コップが潰れて転がっているのを見た。 「日本と比べると、ちょーっとお掃除が行き届いてないときも……、ときどき、しばしば、よくあるのん。でも郷に入っては郷に従えばいいのよー」 「確かに、郷に入ったら郷に従えだ」 「そして、足元のゴミじゃなくて、窓の外の美しい景色や、隣に座る可愛い遥ちゃんを見ていればいいと思うのよー!」 「なるほど」  稜而は窓枠に頬杖を突き、窓の外の景色を眺める。 「いい景色だ」 「あーん、そういうときは、直接景色を見るんじゃなくて、遥ちゃんの瞳に映る景色を見るのーん!!!」 遥は稜而の肩をぱちぱち叩き、稜而は片頬を上げながら頑なに窓の外を見続けた。 「キャベツのいけずー、なのよー!」  銀色の自動改札機を抜け、階段を上がってリヨン駅を出ると、遥は稜而の隣を飛び跳ね、飛び跳ね、飛び跳ね。 「うーん、違うのん……?」 首を傾げては一歩下がって、稜而の横を早足で追い抜く。  そして追い抜くと首を傾げて立ち止まり、稜而が歩いて追い抜くのを見送り、また後ろから稜而の腕を掠める近さを早足で追い抜いた。 「どうしたんだ? スリの練習か?」 「ち、違うのん。ええと……、あれ?」 遥は首を傾げて、稜而の周りをぴょんぴょんと跳び跳ねて歩いた。 「何の儀式だ?」  稜而が足を止めると、遥は靴の踵を石畳の少し濡れたところに滑らせ、前に後ろに身体を揺らしながら両手を振り回す。 「危ない」  稜而が抱きとめると、遥はその腕の中でふわっと頬を染めた。 「どうした? 何がしたい?」 「……うじと、……を、……たい、のん……」 俯く遥の口許に、稜而は耳を近づける。 「ん? 聞き取れなかった、もう一度」  遥は顔を真っ赤にして、小さく左右に身体をねじるように揺すり、両手の人差し指を唇の前で突き合わせながら、ぷちぷちと喋った。 「稜而と、手を繋ぎたい、のん……」 稜而は目を弓形に細め、遥に向けて左手を差し出した。 「はい、遥様。いくらでもどうぞ」 「あーん、ありがとうなのーん! 遥ちゃん、いーっぱい人がいる街で、白昼堂々、稜而と手を繋いで歩きたかったのよー! おーいえー! らぶらぶカップルなのーん!!!」 互いの指を交互に絡めて握ると、遥はぴょんぴょん飛び跳ねた。 「……手を繋ぐだけ? 腰に手を回すのは?」  近くを歩くカップルを視線で示しながら、耳元で囁くと、遥は足を止め、また顔を赤くしてもじもじした。 「あ、あーとーで、なのん。恋人つなぎでお手手があっつくなっちゃったら、……するのん」 「じゃあ、手が熱くなるまで」 稜而がつないだ遥の手を口元へ引き上げてキスをすると、遥は「ひゃあん」と小さく悲鳴を上げて俯いた。 「毎晩のようにあれだけのことをしておいて、どうして今さら手をつなぐくらいで照れるかな?」 つないでいないほうの手で遥の頭をぽんぽん撫でると、遥は首をすくめて笑った。 「あーん、だって、あれだけのことは、毎日のようにしてるし、二人きりだもの! こういうのは、慣れてないのん!」 「そっか」 稜而の隣をスキップして歩きながら、遥は楽しそうに歌った。 「♪まいにち、まいにち、はるかちゃんはフランスで! キャベツとであうのを、ゆめみていたのよ! いつかキャベツとらぶらぶになったなら、てをつないでシャンゼリゼをスキップしたかったの!♪」 「え、俺もスキップ?」 「うふふ、ご一緒に! なのよー!」 「俺、スキップ苦手なんだよな……」 稜而は交互に膝を上げ、大股で前に進むが、跳ねるタイミングが合わないまま地面に着地する。 「るんたった、るんたった、なのよー!」 「るんたった、るんたった……、と言われても」 テンポ悪く飛び跳ねる稜而の隣を軽やかにスキップしながら、遥は嬉しそうに笑った。 「稜而にもできないことがあって、よかったのん。ちゃんと人間だったのよー! るんたった! るんたった!」

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