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第76話

 レオと合流し、遥は自宅に立ち寄って日本から持って来た手土産を持つと、稜而を連れて、玄関先の小さな庭にバラの花が咲き乱れる家を訪ねた。 「ここが、レオと遥ちゃんがベビーシッターと家庭教師をしてたおうちなのん。♪バラがみえるおへやでー、はるかはテキストひろげてー、じきゅうじゅうごユーロだったのー! すこしのえいごとー、フランスご、そしてー、はるかはにほんごよみかきおぼえたー♪」  ドア脇のボタンを押すと、家の中にチャイムが鳴り響き、程なくしてドアが開いた。  「あーん、遥ちゃん! レオ! ごきげんようございますなのよー!」 迎え入れてくれたのはぽっちゃりと肉付きのいい日本人男性だった。 「大地さん! おーいえー! ごきげんようございますなのーん!」 「今日はお招きありがとうござるなのよー!」 遥とレオがハグをして、頬を触れ合わせているその後ろから一人の男の子が顔を出した。  その男の子は稜而の腰くらいの身長で、ウェーブがかかった黒髪を頭の後ろで束ねていて、褐色の肌に映える大きな黒い目を細めると、いきなり遥の股間へ手を伸ばした。 「遥ちゃん! ボッキしてるー?」 「やーん! してないのーん!」 遥はゲラゲラ笑って腰を引き、そのまましゃがんで目の高さを合わせると、男の子の頭を撫でた。 「クレモンのえっちっちーっ! ドラちゃんゼミ、ちゃんとやってるー?」 「やってなーい!」 日本人男性の後ろに隠れて、べえっと舌を出した。 「遥ちゃんみたいな家庭教師は、簡単には見つからないのん。あなたみたいに勤勉で、根気よく子どもを相手にしてくれる人はいないのよー!」 男性は自分の腰にまとわりつくクレモンの頭を撫でて目を細めた。 「レオと遥の言葉遣いのルーツはここか……」 やりとりを見ていたら、男性は稜而に向かって焼きたてのあんぱんのような笑顔を見せた。 「初めまして、大地といいます。クレモンの父親よ」  右手を差し出され、稜而は握り返した。 「初めまして。遥の……兄、の、稜而です」  稜而は不意に強ばった自分の頬に戸惑いながら、左右の口角を強引に上げ、目を細めて挨拶をした。 「色男ね。あたし、あなたみたいな男性、好みよ。でも安心して、襲ったりはしないざますの」 「襲うなんて、そんなこと……」 「あーん、大地さん! 遥ちゃんの大事なお兄ちゃんなんだから、襲っちゃダメなのーん!」 「わかってるわよー。さあ、中へお入りになって! お兄ちゃんも遠慮しないでね!」 「お兄ちゃん……。いや、そう呼ばれるのは何というか、その、新鮮で」 稜而は慌てて弁解して笑顔を作り、案内されるまま家の中へ入った。 「大地さん、これね、お土産なのーん! 入浴剤よー! あと、これは稜而から! オススメの日本酒だって! タンレイカラクチダイギンジョーらしいのよー!」 ぴょんぴょん飛び跳ねながら大地の背中を追っていく遥の後ろ姿を見ていたら、背中をはたかれた。 「おい兄貴。現実を突きつけられたからって、時化たツラしてんじゃねーぞ。 ……やーん、レオちゃんはタルト・タタン作って来たのよー! お店のオーブン借りたから、うまく焼けたわー!」  低い声で唸るように囁かれ、同じようにぴょんぴょん跳ねて行くレオの背中を見送りながら、前髪を吹き上げた。 「余計なお世話だ、畜生」  あとを追って入った部屋の中には、茶色い髪と瞳を持つ背の高い男性がいた。銀縁の眼鏡を掛けて、口元に静かな笑みを浮かべ、フランス語訛りの日本語でハジメマシテと挨拶する。 「私は、ガブリエルです。大地のパートナーで、クレモンの父親です」 「初めまして、稜而です。遥の兄です」 差し出された右手を握り返す手に力がこもらなかった。そっと問われた。 「ゲイカップルを見るのは、初めてですか?」 「いえ、あの。そんなことはありません。日本でゲイカップルが子どもと一緒に家族を形成するケースは少ないので、子どもがいるご家庭にお邪魔するのは初めてですが」 「私と大地とクレモンは三人とも生まれた場所は違いますが、愛に満ちた幸せな家族です」 「はい。ファーストインプレッションでわかりました。大地さんも、クレモンくんも、とても幸せそうな笑顔をしています」 「私も幸せです」  ガブリエルは深く頷き、隣で成り行きを見守っていた大地を抱き寄せて、その唇へキスをした。 「お二人の仲睦まじい姿に、……憧れます」 「あら、パートナーはいないのん?」 大地に悪気なく問われて、稜而は口許に笑みを浮かべたまま、一瞬だけ眉根を寄せた。 「何と答えたらいいかな。……常に思っている人はいます。ただ、自分一人でどうにかできることではないので、難しいです」 「あらー! あなたなら、きっとすぐに思いが通じるのん。今度ここへ遊びに来るときは、きっと素敵なパートナーも一緒よー!」  稜而は笑顔を作って頷いた。遥はソファに並んで座ったクレモンと隙を狙ってはくすぐり合って、声を上げて笑っていた。

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