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第77話
「遥ちゃんは、本当に勤勉で、真面目で、ユーモアもあって、素晴らしい家庭教師だったざますの。すぐ遊びたがるクレモンが、平仮名と片仮名の読み書きできるようになったのは、本当に遥ちゃんのおかげ。遥ちゃんが日本へ行くと分かったとき、クレモンはたくさん泣いたわ」
ワインをサーヴィスしてくれながら、大地は遥とクレモンとガブリエルの方を見て、細い目をさらに細めた。
ソファでは、遥とガブリエルが見守る中、クレモンが戦隊ヒーローの絵本を読んでいた。
「そのとき、ズガガガガーンとおとがしたぞ。レッドはトリオシーバーをつかって、……クチボ? ……クチボってロボットの名前?」
「あーん、クレモンってば素敵よー! 『口』って漢字が読めるのねー! ブラボーハラショーバンバンザイなのよー! でも、この場合はクチボじゃなくて、ロボって読むのん。よーく見ると、口 とロ は文字の形が違うのん。前後の言葉から判断する方が早いけど。日本語はロボットをロボって短く簡単に言うことがよくあるのよー」
「リモコン、エアコン、パソコン、ケータイ! 覚えてるよ!」
「素晴らしいのん! クレモンの頭は、メモリ容量がいっぱいあるのーん! ♪あったまいいのーよ、おはだもぴっかぴーか! しょーらいたのしーみ、きみはクレモン!♪」
遥は満面の笑みを浮かべ、クレモンをハグすると、ちゅっと頬にキスをした。
大地はそんな遥の姿に、また目を細める。
「遥ちゃんは、クレモンに勉強を教えながら、日本語の勉強もよく頑張っていたわ。ウチで読み終わった新聞の束を抱えて帰って、隅から隅まで全部読んでね、わからないところをノートに抜き書きして調べて、それでもわからないと私のところへ持ってきて。私の方がわからなくて辞書を引くこともしょっちゅうだったの。……レオも相当熱心だったけど、日本に行くと決めてからの遥ちゃんは鬼気迫るものがあったわね」
その言葉に稜而は頷いた。
「遥は、日本に来てからも本当によく勉強しています。入院中に俺が使っていた高校のテキストを全部さらって、今は予備校に通って毎日地道に積み上げている。勉強の要領もよくて、遊ぶと決めたらしっかり遊ぶし、自己管理がよくできている。この調子なら、遥はどの医学部でも入れると思います」
「日本の受験は冬なんでしょう?」
「ええ。夏休みからが正念場だから、その前には環境を整えようと、両親はこの時期に結婚することにして、準備はだいぶ慌ただしかったみたいです」
「そう。でも結婚には勢いも必要だから、少しくらいスピーディーでもいいと思うわよー!」
大地はワイングラスを片手にオーブンの様子を見に行った。その姿を見送るなり、隣に座っていたレオは稜而が座っている椅子の座面の裏側を軽く蹴った。
「で、どうよ? ラフィが弟になるご感想は?」
稜而は一口ワインで口を湿してから、落ち着いて答えた。
「彼と家族になることができるのは、とても嬉しい」
「それだけ?」
「それだけだ。……ほかにどんな答えを期待してる?」
低い声で唸り、横目でレオを見ると、レオは肩を竦めてワインを飲んだ。
「べっつにー。ただ、お兄ちゃんになっちゃったら、ラフィに恋人ができたとき、『ウチの弟をよろしくお願いします』って言わなきゃならなくて、可哀想ねー!」
「そんなことにはならないし、させない」
「ふうん」
稜而の首に指を這わせ、ネックレスをシャツの内側から引き出した。
「二人合わせて一対の翼になるってか? あーん、ロマンチックなのーん」
野太い声のまま、つまらなそうに言うと、指先ではじくようにしてペンダントトップから手を離した。
「羨ましいだろ?」
稜而は自分の首に下がるペンダントトップをつまみ、親指の腹で磨くように撫でた。
「ムカつくわー! レオちゃんは、大きくなったらラフィに結婚を申し込もうって思ってたのよー!」
「残念だったな。お前が機を伺ってる間に、俺がチャンスを掴んだ」
レオは稜而の前に顔を突き出し、ふんっと鼻を鳴らしてから、手酌でワインを注いで飲んだ。
「それにしても難儀ねぇ。親同士が結婚して兄弟になっちゃうなんて」
「考え方次第だ。日本で同性同士の結婚やパートナーシップについての法整備がなされるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。親同士が結婚してくれれば、俺たちは家族として堂々と一緒にいられるし、相続でも何でも法的な手続きがスムースになる。悪くない話だ」
レオが注いでくれたワインを飲んで、稜而はうんうんと頷いた。
「カミングアウトするかどうかは、とてもデリケートな問題よ。どちらがいいかなんて、誰にもわからない。あたしの親は、その場ではすぐにあたしを抱き締めて『勇気を持って教えてくれてありがとう。私たちの息子であることを誇りに思うわ』ってキスしてくれたけど、その夜、寝室で泣いてた。ジジイぐらい『ゲイは嫌いだ、死ね』とでも騒いでくれる方が、こっちも『さっさとくたばりやがれ!』って、騒いでいられるのよ」
「それでおじいさんと一緒に暮らしてるのか?」
「まあね。『そういうのは気にしないから』、『私は理解してるのよ』って、あたしに向かって笑顔で言いながら、実は懸命に自分に言い聞かせてる姿が痛々しくって。おばあちゃんが死んで、ジジイも見る影もなくしょんぼりしちまったし。ワレナベニトジブタって日本語、合ってる?」
「正確には男女の関係を指すけど、言いたいことは分かるよ」
ふっと表情を緩めて笑うと、レオが抱き着いてきた。
「あんた、色男ねぇ。ラフィ以外のヤツにモテるんじゃねーぞ、コノヤロー!」
「するか、そんなこと。俺の色気は遥のためだけにある」
抱き着いてくるレオをものともせずワインを飲むと、レオは唇を尖らせた。
「あんた、ほんっとおおおおおおに、ムカつくわー!」
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