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第78話

「あんた、ラフィとフランスでデートしてみて、どうだった?」 レオは二人のグラスにワインを注ぎたしながら、口許に笑みを浮かべて質問した。 「楽しかったよ、とても。好きな人を堂々と好きだと表現していい環境は、初めて経験した」  注いでもらったワインを飲み、稜而はうんうんと頷く。 「どうせセーヌ川を見ながらキスしたんでしょ」 「もちろん。カフェでも、メトロのプラットホームでも、ジュテームの壁でも。遥の望むところ、全部で。とてもいい時間だった」 「あー、ムカつく。……いい? あんたと遥がらぶらぶなのーんってことを、あたしはもう知ってるんだからね」 「だから何だ?」 稜而の質問を無視して、レオは前菜の鶏レバーのムースをバケットに塗り、その上にバケットを重ね、もう一度ムースを塗ってバケットを重ね、できあがった硬くて分厚いサンドイッチを稜而の口へ突っ込んだ。 「ほーら、稜而! 美味しいわよ、食べなさーい!」 「んがっ?」  口いっぱいに頬張って、物が言えなくなったタイミングで、レオは稜而を力いっぱい抱き締めた。 「んぐっ!」 「あーん、遥ちゃーん、こっち来ないと、あんたの大事なお兄ちゃんが、このままレオちゃんの餌食になっちゃうわよー!」  鼻に掛かった甲高い声を上げると、左右の頬にぶちゅうっ、ぶちゅうっと唇を押し付ける。 「やーん! ダメなの! 遥ちゃんのお兄ちゃんは、食べ物じゃないのーん! 食べちゃいけませんなのよーっ!」 遥は簡単にやって来て、二人の間に身体を押し込んで、んがー、んがーっと稜而を背に両手を突っ張ってレオの身体を引き剥がし、さらに稜而の左右の頬を自分が着ているシャツの裾でごしごし拭いた。  レオは仕方なしといった風情で自分の椅子に座り直し、遥はレオと稜而の間に座る椅子がなく、そのままちょこんと稜而の太腿の上に座ると、レオの方を向いて揃えた膝に手をつき、とてもまじめな顔で話し始めた。 「コホン、コホン。いいですか、レオ。日本では、家族が一番仲良しですのん! ウソじゃないわ、ホントよ! つい最近まで日本には家制度っていうルールがあって、長男が偉くって、長男がダメって言ったら結婚できなかったの! 家族がいいですよって言わなきゃダメだから、稜而は弟の遥ちゃんが結婚していいですよって言わないと結婚できないし、遥ちゃんも、長男の稜而が結婚しなさいって言わない限り、どこにもお嫁に行かないのん! ずっと稜而と一緒にいるのん! わかりましたかっ! ウソじゃないのよ、ホントにホントよっ!」 稜而は笑いをこらえながら口いっぱいのバケットをどうにか噛み切り、飲み込んで、さらにワインで口の中を洗い流してから、ゆっくりと遥の後頭部を撫でた。 「遥、日本にかつて家制度があったのは確かだけど、家制度が廃止されてから、もう六、七〇年くらい経ってるぞ。それに戸主が統率権限を持つ制度だから、もし長男の俺に権限があるときは、次男の遥が俺の結婚を云々する権限は、同時に存在しないんじゃないか?」 遥はぷっと頬を膨らませ、稜而の肩をパシパシ叩いた。 「あーん、ダメよぅ! こういうときは『そうだな、遥の言う通りだ』ってうんうんって頷くのよー! そうしないと稜而はレオに食べられちゃうし、遥ちゃんはドナドナお嫁に行っちゃうのよー! 嘘も方便なのーんっ!」 「俺が食べられるとか、遥が嫁に行くとか、どうしてそんなありもしないことを妄想するんだ。不安なのか? 不安なら、いつでも俺に訊けばいいのに」  稜而は遥の肩を抱き、そのドレンチェリーのように赤い唇へ、そっと自分の唇を重ねた。レオがすかさず「ひゅー! ムカつくわーん!」と甲高い声で茶化す。 「ア、アアア、アッチョンブリケなのん! ……遥ちゃん、稜而の本棚にあるマンガで読んだわ! こういうときは、アッチョンブリケって言うのよ!」  両手で自分のバラ色の頬を挟んでいる遥を自分の肩へ抱き寄せ、そのままぎゅっと抱き締めた。遥は稜而の腕の中で、また「アッチョンブリケ!」と叫んだ。 「あら、いいわねぇ。キスのお味はいかが、ラフィ?」  レオはニヤニヤと笑いながら遥を見て、遥は俯いたまま呟いた。 「素敵よ……」 赤く染まっている遥の耳へ、稜而はそっと口を寄せる。 「遥は、俺がどこかへ嫁に行けって行ったら、行くつもり?」 遥はミルクティ色の巻き髪をふるふるっとふった。 「い、行かないわ! 遥ちゃんは、ずっとずっと稜而と一緒にいるのん! 遥ちゃんの神様に、稜而と一緒にそう約束したもの! ……稜而は? 稜而は言うの? 遥ちゃんに『遥、お嫁に行きなさい』って言うの?」 「言わないよ。『遥は、ずっとずっと俺のパートナーでいなさい』とは言うけど」 「あーん、愛してるわ!!! 遥ちゃんはっ、遥ちゃんはっ、芋虫なのっ! ずっとずっとキャベツの芋虫なのーん! どこにもお嫁になんか行かないんだからー!」 稜而の首にきつく抱き着いた。 「あらあら、お熱いわね。お幸せそうだこと!」  両手にミトンを嵌めて、できたての料理を運んできた大地がウィンクをする。 「今日こそ遥にプロポーズしようと思ってたのに、振られちゃったわーん。……大地さん、使わなくなっちゃったから、これあげる」 レオは、指輪型のキャンディをポケットから取り出すと、大地に手渡しウィンクをした。

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