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第79話

 遥はレオから大地へ指輪型のキャンディが受け渡されるのを目で追い、大地の笑顔にぶつかって、稜而の膝から勢いよく立ち上がった。 「ひゃあっ! ちょっと待ってくださいなのん! 遥ちゃんは女の子が好きで、日本には、りょうじ子ちゃんって、女の子の恋人がいるのよ! ウソじゃないの、ホントよー!」 「りょうじ子ちゃん……。そこまで言うなら、りょう子ちゃんにすればいいのに」 稜而は噴き出してしまい、真剣に慌てている遥を見て、あわてて拳で口許を隠した。 「あーん、どうしましょうなのよー!」 ぴょんぴょん飛び跳ねる遥に、レオは明るい笑顔を向ける。 「いいじゃなーい、知ってる人がいたって。あたし、ジジイに告げ口したりしないわよ。あたしの上唇は重くて、下唇は軽いの!」  胸を張って話すレオの言葉を、大地が笑ってまぜっかえす。 「それって、逆立ちしたら全部喋っちゃうってことじゃない?」 「あらやだ。あたし、拷問には弱いのよ! ジジイにそんな体力はないけど、もし海賊に掴まって、海の上で逆さ吊りにされたら、そのときはごめんなさいねー!」 「レオちゃん、海賊と闘うの?」 興奮気味に身を乗り出したクレモンに、レオは元気のいい笑顔で答える。 「そうよー! 童貞こじらせて、海賊船の船長と闘うわ! 腹に一物ある食えないワニの口の中へ放り込んでやるのよー!」  遥はまたすとんと稜而の太腿の上に座り直し、稜而は当たり前に遥の腰に手を回した。 「ねえ、どうしよう、稜而?」 「もし遥さえよければ、大地さん一家と、レオの前では、自然に振る舞わせてもらえば? 口止めという負担はお掛けしてしまうけど」  テーブルの向こうから、大地が柔らかな声を出す。 「あら、他人のプライバシーを口外しないなんて、当然のことでしょ。遥ちゃん、よければ改めて稜而さんを紹介してちょうだい。……皆、席に着きましょう」 テーブルに着いた全員の前で、遥と稜而は並んで立った。恐る恐る手の甲へ触れてくる遥の手を、稜而はしっかりと握る。遥の手はいつもより冷たく、稜而は手をつないだまま、親指の腹で遥かの手の甲をそっと撫でてやった。 「え、ええと。……改めて紹介します。オレのパートナーの渡辺稜而です」 遥はそれだけ言うと、胸に手をあてて、深呼吸をした。 「頑張れ!」 大地から声援が飛び、遥は笑顔で応える。 「頑張りまーす! ええと、彼はとても親切で、優しくて、オレのことをたくさん『好きだ』『愛してる』って言って、態度にも示してくれます。医師としての正義感も強くて、尊敬できる人です」  レオが両手をメガホンにして野次を飛ばす。 「ムカつくわー! もっと惚気やがれ!」 「えっと、えっと。オレも稜而のことが大好きです。愛してます。一生、一緒にいようって約束してます。永遠に愛してます」 遥は自分の手のひらで、熱くなった頬を冷やしながら、えへ、と笑った。 「『稜而のことが好き』、『稜而を愛してる』って、稜而以外の人にも言えるのって。照れるけど。お顔があっつくなっちゃうけど。……嬉しいのん」  嬉しそうに笑う遥の手を握ったまま、稜而も口を開いた。 「遥が感じ取ってくれているとおり、俺は遥を愛しているし、一生愛し続けます。今後、俺と遥が誰に対してどういうスタンスをとるかについては、二人でもう一度よく話し合いたいと思いますが、俺と遥が愛し合っていくことは、これからもずっと変わりません。見守っていただけたら嬉しいです」  わっと拍手をもらい、遥は肩の力を抜いて笑顔になり、稜而も口許に笑みを浮かべて、自分の気持ちのまま、そして自分たちの幸せな関係を可視化させるためにも、遥の唇へ自分の唇を重ねた。  さらに拍手が沸き、遥と稜而は互いの腰に手を回したまま、笑顔でその拍手を受け、遥の視線に気づいた稜而は、遥を見つめ返して、もう一度キスをした。  フランスの家庭料理と手巻き寿司でもてなされ、ワインを飲みながら存分に語り合って、お開きの時間が訪れた。 「遥ちゃん、帰っちゃうの?」 特別に夜更かしを許され、時間を共に過ごしていたクレモンが、ガブリエルの脚にしがみついたまま口をへの字にした。  遥は床に膝をつき、クレモンの頭を撫でた。 「うん。でもまた遊びに来るのん。クレモンもチャンスがあったら日本に遊びに来てなのん。……あーん、泣かなくて大丈夫なのーん! またお手紙を書いて! 遥ちゃんもいっぱい書くわ! ♪はるかかーらー、あなたへー、おてがみーをー、おくりますー。ひろいせかいにたったひとーりーの、わたしのすきなクレモンへー♪」  クレモンは遥に左右の頬にキスしてもらい、ガブリエルに抱き上げられて、その肩に目を押しつけたまま、手だけを振って遥と別れた。 「楽しい時間をありがとう! またね!」  家の前まで見送りに出てくれた、男性三人の家族の姿を目に焼きつけて、稜而と遥は手をつないで歩き、何度も振り返って手を振った。  見送られて角を曲がると、レオは稜而と遥を二人まとめて抱き締めた。 「あんたたちはお似合いよ、悔しいけど。上手くいくって、あたしにはわかる。……さーて! 明日の結婚式に備えて、お肌の手入れをしなくっちゃ。あんたたちも張り切って夜更かしするんじゃないわよ! じゃあね!」 二人の頬にキスをすると、レオは手を振って帰って行き、稜而と遥も屋根裏部屋へ帰った。

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