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第82話
遥が花嫁をエスコートすることになっていた。
教会の聖堂のドアの前で、遥は母親と並んで立つ。
『とても美しいよ、ママン。世界で一番輝いてる。オレのお嫁さんじゃないのが残念だよ。でも、渡辺先生なら……、お父さんなら絶対にママンを幸せにしてくれるね。心から祝福するよ』
生成色のアンティークレースのドレスを着て、ベールの内側で微笑む母親は、少女のようにも、聖母のようにも見えた。
『ありがとう。……ラフィ、本当にありがとうね』
母親は遥が差し出した腕に手を掛け、白バラのブーケに顔を埋めて、小さく洟をすすった。
『泣かないで、ママン。幸せな花嫁に、涙は似合わないよ』
モーニングのポケットからハンカチを取り出して、そっとベールの内側の涙を拭った。
『ラフィがハンカチを持ってるなんて!』
母親が笑うのに、遥も笑った。
『オレだって、母親の結婚式のときくらいは、ちゃんとハンカチを持つんだ。自分の嬉し涙も拭かなくちゃいけないしね』
『まあ』
合図があってドアが開き、参列者たちが一斉に注目するなか、遥は母親と一緒に足を踏み出した。
一歩進んでは左右の足を揃え、ロングドレスを着た母親の足許を気遣いながら、前を向いて歩く。
正面の祭壇の前では、モーニングを着た父親が穏やかな笑みを浮かべて待っている。その落ち着いた姿に圧倒されて、喉がぐっと締まった。
(ヤバい! 緊張する!)
左右の足を出し間違えそうになったとき、向けられるたくさんの拍手の中で、一つだけ『パンッ』と強く鳴り響いた音があった。
はっとして音のほうを見ると、最前列に座る稜而が拍手をしながら、軽やかな笑顔で遥を見ていた。
遥はほっと息を吐いて、口許に穏やかな笑みを取り戻し、母親を祭壇まで導いた。
母親は遥の手を離れていき、稜而と同じ眼差しを持つ父親と目が合った。
「遥くん」
名を呼ばれ、右手を差し出されて、遥は練習のときと違う動作に戸惑ったが、遥は新しい父親を視線を交わし、強く手を握りあった。
新しい親子の握手に、早くも聖堂全体が感動的な空気に包まれる中、遥は目の端にちらつく肌色に気づく。
見ると稜而までが自席の前に立っていて、遥に向け、握手の手を伸ばしていた。
「俺とも握手」
「う、うん」
手を握ると、その手を引っ張られ、ハグをされて、遥も慌ててハグを返し、そのまま成り行きで、すとんと稜而の隣に座った。
「天の川のこちら岸へようこそ」
「ど、どうも……」
「まだ緊張してる?」
「むしろ、今になって緊張が追い掛けてきた、か……な……」
遥の手は冷たく、細かく震えていて、稜而は二人の身体の間でしっかりと遥の手を握り、さらに反対の手で子どもを寝かしつけるように優しくその手の甲を叩いた。
「もう大丈夫だ。遥は、立派にママンをエスコートできていた」
「そう? よかった……」
ほうっと溜め息をつき、遥は自分が手を繋いでいることに気づいて、その手を離そうとした。
「背もたれがあるから、誰からも見えない。父さんとママンは互いの顔しか見てないし、神父様はわざわざ指摘したりしないだろう。それよりもお前が落ち着いて、二人の結婚を見守って、祝福できることが大切」
「ありがとう」
「愛してる。どんなときも、死が二人を分かつまで」
稜而はそう言って、遥の手を強く握った。
「オレも。どんなときも、死が二人を分かつまで、愛してる」
遥も稜而の手をきゅっと握り返した。
式次第に従って立ったり座ったり、賛美歌を歌ったりしながら、両親の姿を見守った。両親の誓いのキスは照れくささよりも、安堵を二人にもたらした。
「親が仲睦まじい姿には、ホッとする」
「そうだね。日本に帰ってからも、お父さんとママンには、たくさん手を繋いで、見つめあって、キスしてほしいな」
遥の言葉に、稜而はうんうんと頷いた。
フラワーシャワーや記念撮影を終えて、レストランへ移動して行われたパーティーは、日本の披露宴と違って、非常にゆったりとした進行だった。
庭で食前酒を飲みながらのカクテルパーティーが一時間ほどあり、それからバンケットに用意されたテーブルで本格的なコース料理を食べた。余興は遥のギターに合わせて稜而がフランス語と日本語で『あなたが欲しい』を歌っただけだった。
食後は隣の部屋へ移動して、ミラーボールの下でダンスタイムになった。
最初の一曲はスローなナンバーで、部屋の中央で新郎と新婦が互いの愛を確かめあうようにチークダンスを踊る。次に新婦が父親と一緒に踊って、しかし静かなのはそこまでだった。
「おーいえー! 稜而っ、♪おどりましょう、はるかから、おどりましょう、りょうじもね、うれしいでしょ、これから、たのしくなるの♪ たくさん踊ってパリピになるのよー!」
遥は稜而の手を引いて、ホールの中央へ行く。
ビートの効いた音楽が部屋を震わせるほどの音量で流れ出し、遥は手を振り上げ、ミルクティ色の髪を振り、ぴょんぴょんとジャンプして、きゃあきゃあと歓声を上げた。
「こいつ、最初からこのテンションか」
手にグラスを持ったままだった稜而は、音楽を聴きながらスネークで身体を揺らすだけにしていたが、遥にグラスを取り上げられ、中身を飲み干されてしまった。
「稜而も、もっとぴょんぴょんするのーん!」
稜而は前髪を吹き上げた。
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