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第83話

 稜而の動きは小さく、ごく軽く振付のおさらいをする程度の動きで、前後左右に身体を揺すり、膝を軽く曲げてリズムを取りながら、時折くるりとターンしたりするだけだったが、誰の目にもこなれているのがわかる動きだった。 「稜而、スキップできないのに、踊れるのん! 何でなのーん?」 「内緒」 笑顔ひとつで質問をかわし、遥の正面に立つ。 「遥、ほら。右、左、右、左」 音楽に合わせて交互に足を前に出し始め、遥が動作を真似をすると、二人で踊る楽しさが生まれてくる。遥が真似て踊りながらステップにアレンジを加え、そのアレンジにさらに稜而がアレンジを加えて、ステップは複雑に発展していった。 「おーいえー!」  稜而は今度は足を前に出さず、膝を曲げ、腰をアピールするように上体を反らせ、左右に体を揺らす。遥が動きを真似て笑っていたら、 「そのまま続けて」 と言って稜而が背後に回り、遥の腰を掴んで、背後から密着して踊った。稜而が足を広げて身体を低くするので、腰が密着する。 「あーん、えっちっちーな踊りなのーん! 赤ちゃんできちゃうかもー!」  稜而は遥の耳に口を寄せた。 「愛してる」 「遥ちゃんもよーっ!」 両手を握りこぶしにして顎の下にあて、遥が叫んだとき、レオがやって来た。レオも慣れた動きで音楽に身を任せながら、稜而の後ろへ立って同じ動きをしながら押してきて、先頭の遥は祖父の背中にくっついた。  祖父は嫌がるかと思いきや、大きな声で笑い、一緒に腰をくねらせて踊って、レオが周囲の人を煽ったので、さらに連結する人が増えたり、拍手や指笛で囃し立てる人がいて、フロアには笑顔があふれる。 「おじいちゃん、ダンス好きなのん。若い頃はおばあちゃんとディスコに行ってたんだって!」  遥の説明を裏付けるかのように、祖父はキレのあるボックスステップを踏み、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの『セプテンバー』が流れ出すと、さらに楽しそうに踊った。  祖父は稜而に向かってウィンクし、フランス語で何かを言う。 「ディスコは、フランス発祥なんだぞ! って!」 「ニューヨークじゃないのか?」 遥は祖父と一緒に踊り、さらに話を聞いて戻ってきた。 「第二次世界大戦のときに、フランス人がナチス・ドイツに隠れてこっそりレコードを掛けて踊ったのが最初なんだ、それがニューヨークに伝わったって言ってるのん」 「なるほど」 「パリの『discothèques(ディスコティーク)』って呼ばれるナイトクラブで、レコードつまりディスクを掛けて踊ったのがディスコの語源らしいのん。遥ちゃんも初めて知ったわーん!」 遥は祖父の言葉を訳しながら、ぴょんぴょん飛び跳ね、踊り続ける。ベースラインを極端に強調した、速いBPMの音楽に、どこまでも笑顔でついて行く。  元気いっぱいなのは遥だけでなく、子どもから大人までが楽しそうに、正装した両親ですら満面の笑みで、母親や女性ゲストはハイヒールを脱ぎ捨て、裸足になって踊っていた。 「お開きという概念はないのか?」 「疲れた人から帰るのん。お開きは夜明け頃かしらーん?」 「マジか!」  そのときハイエナジーな音楽がはじけるように終わり、一転してスローな曲が流れ始めた。両親は笑顔を輝かせて見つめ合い、抱き合って身体を揺らし始める。 「二人とも、幸せそうで何よりだ」 「オレ、休憩。♪COLA! COLAをはるかはのみたいの! COLA! COLAがそらをとぶぅ♪ びゅーん!  皆さま、今日も遥ちゃん航空0707便、フランス行きをご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長はリョージ・ワタナベ、私は客室を担当いたします遥ちゃんでございます。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めくださーい!」 遥はコーラのボトルを二本手に持って、レストランの庭に出た。  遥はどすんっとベンチに座り、両足を空に向かって跳ね上げてから、芝の上に革靴を履いた足をつく。夏至間近のまだうっすらと明るさが残る空に向かってコーラを煽ると、肩幅に広げた膝に両肘をついて、芝生に向かって飲み込んだ空気を吐き出し、空き缶を空に向かって蹴り上げるように言った。 「あー! オレ、駄目だわ、あの二人の幸せを壊す気には、なれねぇ! 『稜而と愛し合ってます』なんて、言えねぇ……」 隣に座ってコーラを飲みながら、稜而は苦笑する。 「言うつもりだったのか? それなら一言、俺にも言っておいてくれ。多少の心の準備はしておきたい」 「いや、言えるかなって考えてただけ。でも今は無理。少なくとも、新婚旅行から帰って来るまで控えておこうかなとか、結婚一周年までは黙っておくか、いや三周年までかなとか……」 「キリがないな」  稜而が笑い、遥も肩の力を抜く。 「オレ、どこまで稜而に話したっけ?」 「何を?」 「小学校に行かなかった話」 「ユニークなお子様で、日本の小学校に馴染めなくて、ママンがフランスに帰ると決断してくれたことを感謝してる、体育の授業は好きじゃなかった、逆上がりはできない、くらいかな」 「オレの話、覚えててくれてありがと。愛されてるね。……じゃ、まずは、オレがいろんな人に話す話。オレは……って話すとじめじめしそうだから、遥ちゃんのテンションでいこうかな。おーいえー!」 遥は左のこぶしを空に向かって突き上げると、稜而のほうを見て、左右の口角をきゅっと上げた。

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