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第86話

「一年生から二年生になるときって、その小学校ではクラス替えはなし、担任も持ち上がりっていう決まりだったんだけど、担任との相性がよくない遥ちゃんだけ、ジャングルジム先生のクラスに引っ越しをしたの。  そしてフリースクールに行きながら、ときどきジャングルジム先生と面談したのよ。  でも一年生のときとは違って、面談は面談室の中だけじゃなくて、飼育小屋に行ってうさぎのうんちを掃除して給食室からもらった葉っぱを食べさせたり、学級園でゴーヤに水を遣ったり、屋上で寝転がって空を見たりしたわ。力持ちな先生で、遥ちゃんを抱っこして振り回したり、肩車をしたりもしてくれて、一年生のときとは大違いに楽しい面談だった。  小学校の花壇にカタバミが生えていて、面談が終わったあと一人でこっそりむしって食べていたときも、ジャングルジム先生は怒らなくて、ポケットの小銭入れから十円玉を取り出して、『カタバミは食べると酸っぱく感じるだろう? 酸が含まれているから、十円玉を磨くときれいになるぞ』って、さらに遥ちゃんの世界を広げてくれたの。そんなことをしてくれた先生は、その小学校の中では、あとにも先にもジャングルジム先生だけだったわ。  遥ちゃん、ジャングルジム先生に、ムズムズ、キュンキュンしちゃった。先生と目が合ったときは、顎を引いて上目遣いになって、はにかみながら笑って、それから先に目を逸らしたの。先生に可愛いって思ってもらいたかったのよ。……相当なおませさんよね!  先生もたくさん頭を撫でてくれて、面談室で二人きりのときには、遥ちゃんを膝の上に乗せて抱っこして『キスしたいくらい可愛い』って、ほっぺにキスしてくれていたわ。  遥ちゃんは単純だから、チュッてされて、嬉しいわ! ありがとう! って思って、遥ちゃんも先生に抱き着いて、ほっぺにチュッてしてたの。  二年生最後の面談の日も、遥ちゃんは先生のお膝に座ってお話を聞いたの。  『来年はクラス替えがあって、担任の先生も変わるよ』って言われて、ちょっとだけ遥ちゃんは寂しかったわ。先生にぎゅっと抱き着いたのを覚えてる。  先生も遥ちゃんをぎゅってしてくれて、言ったのん。『先生はえこひいきをしちゃいけないことになってるから、誰にも言わないって約束して。そうしたら身体中に、もっといっぱいキスしてあげる』って。  遥ちゃんは頷いて、指切りげんまんってしたわ。  最初はお腹にチュッてされて、そこから少しずつ。  先生は、遥ちゃんのズボンとパンツを下ろして、はあはあって呼吸を早くして、顔を赤くして、遥ちゃんのおちんちんを舐めたのん。  遥ちゃんは、ずっと笑っていた記憶がある。くすぐったくて、恥ずかしかったわ。  カウンセラーは納得しなかったけど、怖いとか、嫌だっていう記憶は、本当に、全然ないのん。  怖すぎて、怖くないって思い込んだんじゃないかとか、実際と遥ちゃんの頭の中の記憶が違っているんじゃないかっていう意見も聞いたけど、遥ちゃんはよくわかんない。  ってゆーか、好きな先生に可愛がられておちんちんを舐められたことより、高圧的な先生にテストで満点を取って怒られたことの方が、遥ちゃんにとっては、よっぽど理不尽で、大きな心の傷よ……。  チャイムが鳴って、先生ははっとして遥ちゃんのおちんちんから口を離して、『ごめんなさい』って言ったのん。今になって思えば、先生は声と手が震えてて、遥ちゃんの服を直すのに何度も失敗してたような気がするけど、気のせいかも知れないし、わからない。  ママンが校長室にいて、校長先生と、ジャングルジム先生と、ママンと、遥ちゃんは、一緒にソファに座って形式的な面談をして、最後にジャングルジム先生が、遥ちゃんのいいところをいっぱい探して、いっぱい褒めて書いてくれた通知表を渡してくれたのん。『遥くんはいい子だよ。きみが引け目を感じたり、ごめんなさいって思うことは、一つもない。ずっとずっと元気でね』って言ってくれた。  遥ちゃんは嬉しくて、通知表を受け取ってしっかり頷いたわ。  でも、その数日後に、先生が事故で亡くなりましたって、クラスの保護者宛に、学校から一斉メールが配信されたのん。  クラスの子どもと保護者達は、お葬式に行くことになって、遥ちゃんも黒い服を着てママンと一緒に葬儀会場へ行って、先生の写真を見て、手を合わせて、クラス全員で歌を歌ったわ。遥ちゃんは音楽の授業を受けていなかったから、そのお歌を知らなくて、あなたは前の子の後ろに立って、ちょっと口を開けて歌う真似をしながら立っていればいいって、腕を強く掴んで引っ張られて立つ場所を決められて、悲しかったな。先生が死んじゃってなかったら、助けてくれるのにって思ったわ。  出棺のお見送りというのをしますよってことになって、クラスの子たちは皆、顔見知りだから、何人かずつ集まって立っていたんだけど、遥ちゃんは仲のいい子がいなくて、全然違う場所に立っていたの。そこは先生の親戚の人たちが集まってる場所で、頭の上で大人の会話をしていたのん。 『あんな真面目で品行方正な子が“ごめんなさい”なんて、何を謝りたかったのかしらね』『誰に聞いても思い当たる節なんてないそうよ』『自殺するなんて、親不孝だわ』って。  遥ちゃん、とっても悲しかったわ。  チャイムが鳴ったときに先生が言った『ごめんなさい』を思い出したのん」

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