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第88話
「俺が思っていたのと、話の根の深さが全然違った」
稜而は苦笑する。
「いろいろ言えずにいて、ごめんなさいだったのよー。遥ちゃんのこと、気持ち悪くなったり、嫌いになったり、しちゃったかしらーん?」
遥の声は明るかったが、稜而を見る若草色の瞳は小さく震えていた。
稜而は遥の肩を抱き寄せ、頭を自分の肩にしっかり押し付けさせた。
「話してくれてありがとう。おかげで、俺が不用意な言動で、遥に嫌われる可能性を減らすことができた。愛してる」
「あーん、稜而! 遥ちゃんが稜而を嫌いになることなんて、ないのよー!」
遥は目の幅いっぱいに涙を流し始め、歪んだ口を開けてわあわあと声を上げて泣き始めた。
「遥ちゃん、やっぱり、いろいろ嫌だったのーっ! 怖かったのっ! 辛かったのよーっ! 相手によって言葉を選ばず、難しいことを考えず、本当のことを全部話せる人がいて、今はとっても幸せなんだわー!」
「俺でよければ、いくらでもどうぞ。何でも聞く」
「愛してるのーんっ!」
泣きわめく遥をしっかり抱き締め、ミルクティ色の髪に頬ずりしていたとき、芝生を踏む足音が聞こえた。
『ラフィ? ラフィ!』
『おじいちゃん!』
コーラの瓶を持った祖父が、しっかり抱き合う二人を見ていた。
祖父は鋭い口調で何かを言い、遥は手のひらで涙を拭いながら何かを答える。遥は首を振って否定している仕草だが、祖父はヒートアップして、顔を真っ赤にしながら何かを怒鳴り始めた。
「ゲイばれ……?」
稜而は遥の前に手を出して庇い、殴られる覚悟をして奥歯を食いしばったが、遥は首を横に振った。
「違うのん。おじいちゃんは、遥ちゃんが親の再婚を嫌がって泣いてるって思ってるのん。お父さんとママンが遥ちゃんの気持ちを無視して、再婚を強行してるって!」
「はあっ? どうしてそうなる?!」
「わかんないけど、おじいちゃんはいつでも、おもいこんだーらーなのよー!」
踵を返してパーティー会場へのしのしと歩いて行く祖父を、遥は慌てて追いかけ始めた。
祖父の前へ回り込んで、遥は何かを訴えるが、祖父は遥の肩を押しやって歩き続ける。
「遥! おじい様のお気持ちはわかった。せめて、せっかく盛り上がっているパーティーの雰囲気をぶち壊さないように、父さんとママンに外に出てきてもらおう!」
遥は頷いて、祖父の胸に両手を突っ張り、革靴で土を削りながらもどうにか押し留めることに成功して、稜而はパーティー会場の中へ飛び込むと、大音量の音楽の洪水を掻き分け、裸足で踊っている両親に話し掛けた。
「外へ! おじい様が話したいことがあるって!」
母親は自分の父親に対してはっきり不快な表情を示したが、父親が肩を抱いてとりなし、稜而は脱ぎ捨ててあった白いハイヒールを足元に差し出した。
「あらーん、修羅場ぁ? 面白そうねー! 外でじじいが吠えてたわー!」
目ざとくレオが寄ってきて、稜而は頷く。
「通訳してくれるなら、たっぷり修羅場を見せてやる」
「うふふ、いっただっきまーす! 他人の不幸は蜜の味よー!」
ウィンクするレオも一緒に庭へ出ると、祖父は遥と一緒にベンチに座っていたが、芝生の上にはコーラの瓶が転がって、黒い液体がその周りに飛び散っていた。
「『おじいちゃんを勘違いさせちゃった。オレが泣いていたら、二人の結婚を嫌がってるって思っちゃったみたい』」
「『再婚は二人の意思だから、反対するつもりはない。だが、子どもの心のケアを怠るのは感心しないぞ!』」
「『ラフィは結婚を祝福してくれているわ。パパの勝手な思い込みよ』」
「『思い込んでいるのは自分の方じゃないのか!』」
遥が祖父と母親の間に立って、両手を広げた、
「『待ってー! 待って、待って、待ってー! オレはお父さんとママンの結婚を心の底から祝福してるー! お父さんの息子になることも、稜而の弟になることも、とってもとっても喜んでるーっ!!!』」
大きな声で宣言すると、祖父と母親は同じ仕草で胸の前に腕を組み、溜め息をついた。
「『では、なぜ親の結婚式の夜に泣いている?』」
「『それは……、稜而がオレの話を聞いてくれたから。子どもの頃の話をして、それでもオレのことを愛してるって抱き締めてくれたから。感激してたんだ』」
遥はさらりと言ったが、大人たちはさすがに引っ掛かりを感じたらしく、揃って小さく首を傾げた。
稜而は少し思案し、深呼吸をしてから、レオに「正確に訳せよ」と告げて、遥の隣へ歩み出る。庇うように遥の肩を抱くと、遥は嬉しそうに稜而の腰に両手を回し、片足をぴょんと跳ね上げて抱き着いた。見上げてくる若草色の瞳に、弓形に目を細めて応えてから、稜而は穏やかに話し始めた。
「すべて遥の言う通りです。遥は両親の結婚を心から祝福しているし、だからこそ俺と兄弟になるにあたって、自分の過去のつらい思い出も話してくれました。おじい様がゲイをお嫌いな理由も聞きました。遥の身の上に起きたことを知れば、そのお気持ちはもっともだと思います。遥を愛されているからこそのことだと思います。……でも、これからは」
稜而は遥の目を見た。遥はバラ色の頬を持ち上げて笑顔を見せる。
「これからは、俺に遥を守らせてください。戸籍の上では兄弟になりますが、生涯を掛けて、彼を愛する覚悟です」
稜而は遥の笑顔に笑顔で応え、堂々とドレンチェリー色の唇に自分の唇を重ねて見せた。
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