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第90話*

 祖父は会場の真ん中まで稜而を横抱きにして運ぶと、DJに向かって何かを言い、ゆったりとしたR&Bは急激な逆再生で強引にアウトして、うねるようなトランスミュージックがカット・インした。  遥はすぐに歓声を上げ、両手を振り上げ、ミルクティ色の巻き髪を振って踊り始める。稜而も祖父に目の前で迫られ、四つ打ちのリズムを掴むと同時に身体を動かし始めた。  祖父は腹を揺らしながらキレのあるモンキーダンスで稜而を煽ってきて、稜而も鏡合わせにその動きを取り入れながら踊る。  稜而が膝下を振って靴底で斜め下を蹴るようなポップコーンステップを踏むと、祖父もまた素早く動きを取り入れて踊り始め、互いに影響し合ううちに両足を同時に床につくタイミングがないほど早く激しいステップの応酬になった。  足がもつれ、上体が崩れるのを一緒に笑って、音楽がアンビエントに切り替わったところで互いの肩を叩いて健闘を称えあい、壁際に移動する。  どこから持ち出したのかバブルの象徴のような羽根扇子を手に、身体をくねらせながら歩く、モデルのウォーキングを派手にしたようなヴォーギングで会場を煽っていたレオも同じタイミングで引き上げてきて、当たり前のように通訳をしてくれた。 「『リョージはダンスが上手いな』」 「ありがとうございます。音楽を聴きにクラブに通っていた時期があって、自然に覚えました」 「『女か?』」 「いいえ。俺は女性を動機にすることはないので」  稜而が苦笑すると、祖父は豪快に笑った。 「『そうだった。じゃあ、男だな? いいところを見せたくなるような人がいたんだろう?』」 「遥に出会った瞬間、キュービッドに心臓を射抜かれて、過去のことはすべて忘れました。俺の人生には後にも先にも遥しかいません」 稜而がニッコリ笑うと、祖父はレオの訳を聞いて、はっはっはっと天井に向かって豪快に笑い、稜而の肩を強く叩いた。 「『今の回答を生涯貫けよ!』」 「はい!」  稜而の勢いのある返事に祖父はまた豪快に笑い、肩を叩いてからドリンクを求めて離れて行った。 「あんたさぁ……」  レオが愛想の悪い声を出した。稜而はレオの隣に立ち、一緒に壁に寄り掛かった。 「何? まだ恨み節?」 「あったり前田のクラッカーでしょ。本気でプロポーズしようとしてたのよ、あたし。出遅れて、後悔しかないわ……。それなのにどんな言葉も通訳したげて、レオちゃんたら健気よね」 全身に響く重低音に紛れ、小さく洟を啜る音が聞こえた。 「……どこか飲みに行く? 奢るよ」 「当然でしょ。あんたのクレジットカードに火を噴かせてやるわ」 「それで遥を俺のものにできるなら、お安いものだ」 「ふんっ。ガキが集まるナイトクラブなんかじゃなく、上質なバーに連れて行ってあげる。フォアグラとトリュフのマカロニを食べて、ヤマザキの二十五年をガンガン飲んでやるんだから」 「どうぞ。三〇分後に店の前で。タクシーを手配しておいてくれ」  稜而はレオの手からショッキングピンクの羽根扇子を取り上げると、相変わらずミルクティ色の巻き髪を振ってホールの中央で飛び跳ねている遥の腕を掴み、レストルームへ向かった。 「レオと飲みに行ってくる。遥はいい子にお留守番をしていて。はい、♪ You are the dancing queen. ♪」 遥と目の高さを合わせてニッコリ笑うと、遥の手に羽根扇子を持たせた。 「やーん! 遥ちゃんも一緒に行きたいのよー!」 「♪ Young and sweet. Only seventeen. ♪」 「遥ちゃんは大人よ! 稜而の奥様なんだから!」 「ごめんね。結婚式前夜のバチェラー・パーティーみたいなものだから。バチェラー・パーティーって、フランス語でなんて言うの?」 「enterrement de vie de garcon. 独身生活の葬式って意味よ、ご愁傷様!」 ドレンチェリー色の唇を尖らせ、ぷっと頬を膨らませた。  稜而は遥を壁際に追い詰め、顔の隣に手をついて囁いた。 「愛してる」 「そんな簡単な愛してるで、遥ちゃんのご機嫌が直ると思わないで」 「いいね。結婚生活始まって以来、初めての喧嘩だ。どこまで追い詰めようか?」 「離婚直前!」 「もうそんなところまで行くの? 随分深いところまでこじれるな」 「だって、遥ちゃんをのけものにして、レオと二人きりで飲みに行くなんて、浮気だわっ!」 「浮気だったら報告しないよ。墓場まで持って行く」 軽く笑う稜而に、遥は糸切り歯をむき出しにする。 「むきーっ! 浮気っ、するつもりなのんっ?!」 「まさか。俺をこんなに夢中にさせるのは、遥だけなのに」 稜而は遥の唇へ自分の唇を強く押し付けながら、同時に自身の興奮も遥の下腹部へ押し付けた。 「んっ!」  震える遥の身体をしっかりと抱いて自分の思いを伝えてから、稜而は遥を連れて個室に入り、ドアを閉めた。 「こういうシチュエーションは、嫌かな?」  少し長い前髪を揺らして訊くと、遥は肩を竦めて首を横に振った。 「全然嫌じゃないわ! ポルノムービーみたいで、えっちっちーなのよー! でも今はお尻は楽しめない気分よ。男の子スティックだけで遊びたいわ」 頬を赤くしながら話す遥に、稜而はキスで返事をした。 「約束の時間が迫ってるから、待ったなし。いい?」  稜而は遥の口内へ舌を差し入れながら、遥のトラウザーズのファスナーを下げ、下着の内へ手を差し入れて、遥のシンボルへ指を絡める。  遥は口内へ入り込んできた舌に自分の舌を絡めながら、応戦して稜而のファスナーの内へ手を伸ばし、硬い雄蕊を引きずり出して指を絡めた。  稜而はくぐもった声で呻き、遥の手を掴むと二人の猛りを束ねて握らせ、その上から自分の手を重ねてスライドさせた。 「んっ、んっ」 合わせている口の間から、遥の甘い姦声が零れる。稜而はその声に刺激されながら、さらに深く口を合わせて声を吸った。  二人は懸命にこらえて自分たちを追い上げ、責め立てた。    呼吸が苦しくなった遥が口を外し、顎を上げる。眉根に力がこもった悩まし気な表情が稜而の劣情をさらに煽る。 「遥……っ」 「あっ、もう……」 慌てたような遥の声を聞き、稜而は遥の胸ポケットからチーフを引き抜いて、二人の先端を覆った。 「俺も。」  重ねた手に力を籠め、さらに手首のスナップを効かせて素早く動かす。  熱水が噴き上がるように快感が湧いて、二人は身体を震わせた。  稜而は意識の像が結ぶとすぐ、ふわりとホワイトアウトする遥を抱き締める。 「愛してる。絶対にお前を離さない」  洗面台で手と顔とチーフを洗い、濡れた手で乱れた髪を整えながら、稜而は背後に立つ遥と鏡越しに視線を合わせる。遥は腰に両手を当て、眉尻を下げて笑っていた。 「この喧嘩は遥の勝ち。初めての喧嘩で勝ったほうが、生涯、夫婦喧嘩で勝ち続けるらしい。いっぱい喧嘩に勝って、俺のことを捕まえておいて」 「奥様をのけものにするなんて、今夜だけなのん! 明日からは絶対、稜而のことを離さないのよー!」 「許してくれて、ありがと」  遥は稜而の癖を真似て、前髪を吹き上げた。

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