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第92話*

「あたしだって、あたしのキャベツを見つけて、超、超、楽しい毎日を過ごしてやるんだから」  稜而の惚気は日記より詳細で、感動が大きかったシーンは何度も何度も繰り返された。  顔を輝かせ、頬を赤らめて話し続けた稜而の姿を思い出し、レオは噴き出す。 「いつまでもお幸せにね」  バーやクラブをはしごして、流れ着いたレオの部屋で眠ってしまった稜而の頬にキスをして、レオは一睡もしないまま出勤していった。 「やーん! 浮気なのんっ! やっぱり浮気だったのよー!」  稜而はレオの部屋に入ってきた遥の声で目が覚めた。  目覚めた稜而は、ワイシャツと靴下だけを身につけてベッドの上にいた。ローライズのボクサーブリーフは床に落ち、周囲には見たことのないカラフルなコンドームが散らばっている。 「使ってない。レオのいたずらだ」 周囲を見回してすぐ状況を把握した稜而は、顔の隣にあった未使用のコンドームをつまんで見せたが、遥はさらにミルクティ色の髪を振った。 「使わないなんて、もっとダメなのん! おちんちんにバイ菌が入って、痛くなっちゃうのよ!」 「使ってないって、ほら」 朝の儀式で上向いているビッグマグナムへ、遥の手を導く。 「レオちゃんがトップで、稜而がボトムだったかもかもなのん!」 言いながら、遥は稜而のかたちへ指を絡め、そのかたちを確かなものにして、舌を這わせる。 「日頃の積み重ねもなく、そんな簡単に尻が使えるか」 「お尻を使うだけがセックスじゃないのん!」 「そうだけど。……って、本気出すなよ。ちょっ、遥……」  握った手の力を込め、速度を上げる遥はぷっと頬を膨らませている。 「遥ちゃんが確かめてあげるのん。サラッサラでちょびっとしか出なかったら、確定なんだから! 一か月謹慎なのよ!」 「そんな……、変なプレッシャー掛けないでくれ」 責め立てられて、稜而は熱く疼く快感に抗えなくなって、分身を遥に任せ、目を閉じた。 「……っ、はあ……。すぐに出そう……」 稜而が遥を知っているように、遥も稜而を知っている。先端よりも、茎の部分を強く扱かれると腰が疼く。遥の口内の熱と、根元を扱かれる刺激で、稜而は下腹部に熱が溜まるのを感じながら喘いだ。 「遥、出る。……出る、出るっ!」 ぐっと腹筋に力がこもり、背を丸めて、遥の口内へ白濁を放つ。 「くっ……、はっ、ああ。遥っ! ……うわっ!」 残滓まで吸い上げられて、稜而はベッドの上に仰向けに倒れた。遥は喉の辺りを手で押さえながら液体を飲み込み、それから胸の前で腕を組んだ。 「ふーむ。濃いのがどぴゅどぴゅいっぱいだったのん。判定は…………、セーフです! けほっ、けほっ!」 「それはよかった。まったく朝から変なもの飲みやがって。お前の好きなミントシロップの水割り、飲みに行くぞ」 丁寧に埃を払い、プレスされてハンガーに掛けられていたジャケットとトラウザーズを身につけ、手櫛で髪を整えた。 「おじいちゃん、お開きの時間まで踊ってたのん。『ラフィにパートナーができてよかった。あの男なら大丈夫だ! ラフィはおじいちゃんの誇りだ!』って。元気いっぱいだったのよー!」 キッチンに面したドアからの隙間から、いびきをかいて眠っている祖父の様子を見て、ニッコリ笑う。  遥は買ってきた焼きたてのクロワッサンをテーブルの上に置き、包装紙の上にメッセージを書いて、二人は家を出た。  すぐ近くのカフェで遥にミントシロップの水割りを頼み、稜而は濃いコーヒーを飲む。 「もうすぐ日本へ帰るなんて、あっという間なのん」 ほっと息を吐き出す遥に、稜而はそっと口を開けた。 「遥。相談なんだけど」 「なあに、なのん」 「俺なりにいろいろ考えたんだけど。……職場でのカミングアウトは、やっぱりできないと思った。早ければ八年後に、遥が初期研修を終えてウチの病院に入って来ることを考えたとき、余計な先入観や情報はないほうがいいと思うし、僕も理事長の息子っていうレッテルだけですら、ときどき重く感じるのに、さらにゲイだっていうレッテルまで跳ね返す余裕は、まだなさそうだ」 「……それは、稜而にとってのベストの選択をするべきなのん」 鮮やかな緑色の液体が入ったグラスを包んでいる手に、そっと手を重ねた。 「だけど、もし遥さえよかったら、日本でもデートのときにはこうやって手をつないだり、キスをしたり、俺と一緒にしてくれる?」 「ひゃあ! あっちょんぶりけよ!」 「好きだと思う気持ちを素直に態度で示したり、美しい景色を見たときに感動してキスしたり、遥とそういうことをする心地よさは忘れられない。日本では好奇な目で見られると思うけど、それでもよければ」 「遥ちゃん、こんな見た目だから、日本で目立つのは慣れてるのん。むしろ見られないと『あれ?』って思うくらいよ。人に見られるのは全然平気! いっぱいラブラブしちゃうわ!」 「今も、ラブラブして」 稜而が遥の肩を抱き、頬にキスをすると、遥はミルクティ色の髪を振って笑い、顔を上げて稜而の頬にキスをした。 「でも、フランスではほっぺにキスだけじゃダメ。『ほっぺにしかキスされないなんて、うちの子は愛されてないのかしら』って親は心配しちゃうわ」 「じゃあ、キスして」 稜而が遥の耳に囁いてねだると、遥はドレンチェリーのように赤い唇をすぼめて、稜而の口にちゅっと音を立てて触れさせた。 「可愛いキス。ベッドの中では大人っぽいのに」  笑って、遥の唇を奪い、そのまま軽く舌まで奪った。 「ミント味」 「稜而はコーヒー味なのん」 顔を見合わせ、もう一度キスをして、二人は互いの腰に手を回した。 「日本に帰っても、俺と仲良くして」 「はいなのん。よろしくお願いしますなのよー!」  遥はバラ色の頬を持ち上げ、セーヌ川の水面のように笑顔を輝かせた。

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