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第94話

 チェックインを済ませると、荷物を持った仲居に案内され、二人は午後の光をまとう日本庭園の中を歩いた。 「あーん、緑のトンネルの向こうに沢が見えて、奥行きが感じられて素敵なのん! リズミカルな飛び石も、むした苔も、全部全部素敵ですのよー!」  日本庭園の中にはいくつもの離れが点在していて、二人は一番奥まった場所に位置する離れへ案内された。 「数寄屋造りなのん! 網代天井! 聚楽壁! 杉丸太! 雪見障子! 全部、全部、素敵なのーん!」  見回して飛び跳ね、聚楽壁をそっと指先で触り、雪見障子を上げ下げする遥に、仲居は目を丸くする。 「お若いのに、よくご存知でいらっしゃいますね」 「はいなのん。まだ習い始めたばかりでお下手だから、言っちゃダメですけど、御広敷(おひろしき)流という小さな流派の茶道を習ってますのん」 「言っちゃダメなんじゃないのか?」 こぶしで口許を隠す稜而は案内されるまま座卓の前に座り、遥は部屋中を興味深く、トイレのドアまで開けて探検する。 「お便所っ! まっくろくろすけ、出ておいでなのよー!」 そのうち、からからとサッシ窓の戸車の回る音がして、遥の歓声が響いた。 「あーん、お風呂っ! 超、超、素敵ですのーん! 湯船が、黒くて大きな岩をくりぬいて作ってありますのよー! お湯もぬるめの燗がいい感じですのん! ♪ぬるめのげんせん、かけながし、りょうじはいつでも、イカのにおい、はるかはげんきなほうがいい、ふたりはなかよく、はいりゃいい、しみじみーおんせん、しみじみーとぉぉ、じかんだけが、ゆきすぎーるぅぅぅ♪」 聞こえてくる遥の声に、仲居の女性はお茶を注ぎながら相槌を打つ。 「この辺りは書道に使う(すずり)用の石が採れるんです。お部屋の露天風呂は二十四時間いつでもお入りいただけ……」 「ひゃっほー! 飲める温泉もありますのーーーん!!! いっただっきまーす! ふむふむ、色は白濁、少しとろみがありますのん。薄い海水のような塩気と苦味、パイナップルジュースみたいな舌への刺激、これはまるで稜而の……」 「は、遥! 温泉まんじゅう! 温泉まんじゅうがあるぞー!」 「あーん、食べますのーん!」 稜而が慌てて叫ぶと、遥は素直にやって来て、温泉まんじゅうの前にすとんと座った。 「美味しそうですのん!」 「茶色が粒あん、白い皮がこし餡です。どうぞ召し上がってください。お気に召しましたら、売店でも扱ってございますので。では、私はこれで。お夕食の時間になりましたら、母屋へお越しくださいませ」  遥は仲居の話に頷きながら、まんじゅうをぱくぱく食べ、お茶を飲んで、仲居が頭を下げると一緒に深々とお辞儀をし、玄関の戸が閉まる音を聞くと、稜而の方へ向き直った。 「キャベツ、お待たせしましたなのーん」  遥は顎の下で両手を組み、ぱたん、ぱたんと左右に頭を傾けながら、上目遣いに稜而を見る。 「さあ、浴衣にする? 露天風呂にする? それとも今すぐ畳の上でする?」 「フルコースっ! 満漢全席っ! ロイヤルストレートフラッシュでっ! 畳の上で浴衣を脱がせて露天風呂っ! セクシー下着のオプションもつけてくれ!」  稜而は座卓に両手のこぶしを乗せ、遥に向かって身を乗り出した。 「かしこまりましたなのーん。お支度をしてきますから、少々お待ちくださいませませねー!」 口の中でキスの音を立てながらウィンクすると、遥は居間を出て行った。歌声だけが稜而の耳へ届く。 「♪あいたいーとおもうーときーは、いつでも、あえるんだよ。たのしさのーうらがわにあーるーものもーたのしさだよー! ゆめみたあとー、めがさめたーってー、となりにはりょうじがねているーはずさー! きみとであーってからー、いーくつもーのよるをあいしあったーの、きもちいいーのさー、マイキャベツ! トランクひとーつーだけーで、りょこうにきーたー、イン・ザ・スパ、たのしみーましょー、マイキャベツ♪」  稜而は遥の歌声を耳で捉えながら、ボディーバッグをたぐり寄せた。いつも持ち歩いている黒の防水ポーチを取り出して、ファスナーを開け、中をのぞき込む。 「ひょっとして、一ダースじゃ足りなかったかな……」 正方形のパッケージを一つ、二つ、と指先で数えていたとき、さっと襖が開いて、稜而は背中の後ろにポーチを置いた。  「♪いかがでーすーか! ゆかたすーがーた! りょうじどーうーぞ、ぬがせてーいいのー!♪」  居間に入ってきた遥は、髪を片耳の下に寄せて、ミントグリーンのシュシュで留め、撫子色の浴衣を着ていた。 「お待たせしましたなのーん!」 袖口を手で持って、片足を跳ね上げてくるりと回る。 「よく似合ってる」  稜而が弓形に目を細めていると、遥は小走りに隣へ来て膝をつき、両手で稜而の耳を覆って囁いた。 「ランジェリー、遥ちゃん史上最高にえっちっちーなのん」  稜而は大げさに目を見開き、遥の額に自分の額をくっつけて訊いた。 「先に見たほうがいい? それともあとのお楽しみしたほうがいい?」 「どっちでもいいのん。稜而が見たいときに見せてあげるのよ」 「よーし、先に見せてもらおう!」 自分の膝の上に横向きに座らせると、ぎゅっと力強く抱きしめて、バラ色の頬にキスをした。遥はくすぐったそうに肩をすくめて笑った。 「いい?」 「どうぞなのん」 稜而の首に手を回し、稜而の手の行方を目で追う。  稜而は浴衣の褄を持つと、遥と頬をくっつけて一緒に自分の手元を見ながら、わざとゆっくり裾を開いていく。まず上前を開くと、遥の白い脚が片方だけ太腿まで見えた。 「きれいな脚。遥の膝関節の形、俺の好みのタイプ」 「ふふっ、整形外科医なのん」  遥と一緒に笑いながら、浴衣の下前に手を伸ばし、まず膝が見えるところまで開く。 「いい? 本当に見るよ?」 笑いながら訊くと、遥も笑いながら頷いた。 「まゆちゃんチョイスの、ご自慢のパンツよ」 「まゆちゃん?」 「茶道教室のお友達。夢咲まゆちゃんっていうのん。シャイでクールビューティーな作家さんなんだけど、エロテロリストって二つ名があるのよ」 「破壊力のある二つ名だな。エロテロリストのおすすめを拝見しよう」  時間を掛けて浴衣を剥ぐので、緊張に耐えきれなくなった遥がくすくす笑い始めた。 「どうしたの、笑ったりして。くすぐったい? ……ひょっとして、もういっちゃう?」 稜而は一緒に笑いながら、遥をからかう。 「まだいかないのん」 「そう? ちょっと布が擦れただけで、粗相したりして」 「しないのーん。早くして……」 身体を揺らして焦れる遥を、稜而はキスをしてあやし、さらにゆっくり浴衣を剥いで、あと少しというところで手を止めた。 「ねぇ、自分で開けて見せて」 「や、やーん……」 「俺に見せて。お願い」  稜而の甘い声に、遥は浴衣へ手を掛けたが、ためらって動きが止まった。 「恥ずかしくなっちゃった? 俺と一緒だったらいい? 一緒に開けて見ようか? ね?」  小さく頷いた遥と一緒に、そろそろと布を剥いでいく。 「ミントグリーン。サイドにフリルがたくさんついてる。前はどうなってるかな?」  数センチ布をずらし、露わになってきたランジェリーを見て、稜而は軽く息を吸い、遥は稜而の反応に小さく震えた。 「大丈夫だよ、遥。驚いて引いたりなんかしてない。むしろ興奮しすぎてやばい」 「うん……」 「全部見てもいい? 見たいんだ」 「どうぞなのん……」 蚊の鳴くような声で答えた遥の頬にキスをして、稜而は遥の下腹部を明らかにした。  身につけていたショーツは、前布の三角形に布がなく、縁取りのリボンだけで肝心な場所がオープンになっていて、遥の分身が立ち上がって小さく震えていた。 「確かに、遥史上最高にセクシーだ。ありがとう」 稜而は遥を抱きしめて、遥が笑うまで顔中にキスの雨を降らせた。

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