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第108話

 庭の緑が反射する長方形の大きな座卓には、大きな握り飯、豚肉と山芋のショウガ焼き、根菜と厚揚げとこんにゃくの煮物、マヨネーズが添えられた冷やしトマト、枝豆、ナスとキュウリの漬け物、ミョウガとナスのみそ汁、そして採れたて蒸したてのトウモロコシがどれも大きな食器に山盛りにされて並んだ。 「ごちそうっちゃーなのーん!」 「夏バテしないように、しっかり食べなさいっちゃー! ……先生んとこ、扇風機の風ばあたってるっちゃか?」 おかあちゃんが扇風機の首振りの角度を直していると、遥はその前へすっ飛んでいって大きな口を開けた。 「せんぷうきーいいい! ああああああああああああ!!!」 「ごーら、遥っ、わらしみたいなことしてないで、さっさと座んなさいっちゃよー!」 「扇風機を見たら、どうしてもやりたくなるっちゃー! あああああああああーっ!」 首を振ってそっぽを向く扇風機を追いかけ、大きな口を開けたまま身体を傾けていく。  稜而は遥の背後へ移動して、ミルクティ色の髪が巻き込まれないように、サイドの髪を束ねて押さえてやる。 「遥、満足した?」 「まだ半分しか満足してないっちゃ!」 「そう。でも、今はご飯の時間だから、残りの半分はあとでの楽しみに残しておこう」 「おーいえー!」 遥は素直に言うことを聞いて、稜而の隣に落ち着き、両手をバチンっと合わせた。 「いただきますっちゃー! とうもころし食べるっちゃー! おばあちゃん、とって、とって! とうもころし、ちょうだいなーなのーん!」 「はい、はい。蒸したてだで、気をつけるっちゃよー」  取り皿を突き出したところへ、おばあちゃんが半分の長さに切ったトウモロコシをのせてやると、遥はさっそくかぶりついた。 「ぷちぷち、甘ーいのーおおおおん! いい匂いがするのよー! おーいえー!」 口の端にくっついたかけらを、向かい側に座るおばあちゃんが指先でつまんでとってやって、自分の口に入れながら笑った。 「遥ば、好奇心が強い子なんちゃねぇ」 「遥ちゃんば、楽しいこと、大好きなのんっちゃ!」 「よいよい。そういう子ば、将来が楽しみっちゃ」 おばあちゃんは親指でトウモロコシの粒を外しながら、少しずつ口へ入れながら笑った。 「ウチは子どもがいないっちゃけ、以前は山村留学の子を受け入れてたっちゃよ。小学生とやることが同じっちゃね」  おかあちゃんも、和やかなおばあちゃんと、笑顔の遥を見て、目を細めた。 「サンソンリュウガクって、初めて聞きますのん」 「都会に住んでる子どもば、こういう自然豊かな山村に年単位で留学するっちゃ。ウチはホームステイを受け入れてたっちゃき、毎年いろんなわらしが来て、面白かったっちゃよ」 「ええっちゃなぁ! 遥ちゃんも予備校と医学部があったら、ここに留学したいっちゃー」 「あんた、予備校? 医学部? 受験生っちゃか! こんなところで遊んでていいちゃかね?!」 おかあちゃんが悲鳴を上げた。 「おーいえー! 毎日コツコツ勉強してるっちゃよー! 遥ちゃんも、お医者さんになるっちゃけー!」 「だ、大丈夫っちゃか?」 「遥は勉強の要領がいいから、今の調子でいけば、心配はいらないです」 「♪じゅけんなんて、こわくない、こわくないったら、こわくない♪ うっそーん。本当は全部落ちたらどうしよう、怖いわーって思ってるのーん。怖いから、勉強はしっかりしてるのよー! 明日からは英語特講なのん。日本の英語は、遥ちゃんの知ってる英語と違うから、出題傾向をイチから勉強し直しで、面倒くさいのよー」  遥は話しながら、前歯でこそぎ落としたトウモロコシをきれいに平らげて、 大きなおにぎりと、豚肉と山芋のショウガ焼きを交互に食べ、さらにナスとキュウリの浅漬けを食べて、嬉しそうに身体を揺らしている。 「それにしても、入汲なんて場所へ、どうして遊びに来たっちゃか。ほかに有名な温泉ば、いくらでもあるっちゃろ?」  むしゃむしゃとよく食べる遥を見ながら、おとうちゃんは稜而に問いかけた。 「俺は整形外科医で、『入汲整形外科・リハビリテーション病院』に興味があって調べたときに、こちらにいい温泉旅館があると知ったので、どんな場所か見たいと思いました」 「リハ病院は確かに有名っちゃなぁ。毎年お医者さんが何人かずつ勉強に来るって言ってたっちゃよ」 「そうなんです。見学の定員もあっという間にいっぱいになります。留学はかなり競争率が激しいそうです」 「留学したいっちゃか?」 「ええ、ゆくゆくは。今日、社長さんを救急車で搬送したときに話がついて、欠員ができたタイミングで見学させていただけることになったので、一歩前進です」 「留学のときには、推薦状が必要っちゃろ? そんな話を聞いたことがあるっちゃよ」 「はい。自分の所属長と院長は必須、あとは任意と言われています」 「ほおほお。今度の寄り合いのときに、誰の推薦状があったらいいか訊いて、連絡するっちゃよ」 「ありがとうございます」 「わしばよそ者で、ろくにコネもないっちゃけ、あんまし期待しないで待っててくれちゃー」 「それはもちろんご無理のない範囲で。お気持ちだけでもありがたいですので」 稜而は扇風機の風に前髪をなびかせ、縁側から差し込む光に横顔を照らされて、王子様の笑顔をきらきらさせた。 「もうもう、本当に色男っちゃなー」 おとうちゃんが首を左右に振って笑った。 「おーいえー! 遥ちゃんも色男っちゃよー!」 「お前ば、わらしっこっちゃー! こーんなに弁当くっつけて、なーにが色男っちゃかー!」 遥の左右の頬についていた米粒を、おとうちゃんは笑いながら手を伸ばしてむしり取った。

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