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第109話

「おかあちゃん、どのお皿も全部美味しいっちゃよー! 遥ちゃんも今度、豚肉と山芋をショウガ焼きにするっちゃ! お漬け物も作るっちゃよー!」 皿と口の間を休むことなく箸を往復させながら、遥は意気揚々と宣言した。 「お漬け物ば、おばあちゃんが漬けてるっちゃよ。おばあちゃんに教わんなさいっちゃ」 「おーいえー! おばあちゃん、教えてくださいませなのんっちゃ!」 「これば、ぬか漬けっちゃよ。作るなら、遥ちゃんにもぬか床を分けてあげるっちゃ」 おばあちゃんの言葉に、遥は左右の眉尻をぐっと下げた。 「あーん、ぬか床……。遥ちゃん、二回も失敗してるっちゃー。糟糠の妻になりたかったっちゃき、ヨーグルト入れたら水浸しになって、パンの耳入れたらカビば生えて、カビを削って塩入れたら塩味しかしなくなって、立て直せなかったっちゃよー……」 古漬けのキュウリをぽりぽりと噛みながら、遥はすっかりうなだれてしまった。 「慣れない人ばイチから作るのは、難しいっちゃよー。ばあちゃんのぬか床ばもう落ち着いてるっちゃけ、半分持っていきなさいっちゃ。使いながら少しずつぬかをたしていけば、大丈夫っちゃ」 「おーいえー……。全然自信ばないっちゃけ、何かあったら電話してもいいっちゃかー?」 「いつでも掛けてきなさいっちゃ」 「じゃあ、もう一回やってみるのんっちゃー! 家に帰っても、おばあちゃんの漬け物を食べるっちゃよー! 三度目の正直で糟糠の妻になるっちゃー!!!」 食事を終えると、遥は台所で一緒に琺瑯引きの容器をのぞき込んだ。ぬか床も触らせてもらって、手にすくい上げたぬか床を鼻の前にかざす。 「フルーティーな、いーい匂いがするっちゃのーん! 遥ちゃんのぬか床ば、一度もこんないい匂いばしなかったっちゃ……」 「最初の発酵から上手くいってなかったっちゃなあ」 「発酵は難しいのん。遥ちゃん、パンも自分では上手く膨らまなくて、ホームベーカリーに生地を練って発酵させてもらうのん。♪ホームベーカリーにみをまかせー、あなたのはねに、こねられー、いちじー、はっこう、そのためー、りょうじのおかねつかったー♪」 ドレンチェリーのように赤い唇を尖らせると、おばあちゃんが遥の顔をのぞき込んだ。 「遥ちゃんば、ひょっとして我慢ができんのちゃろ? 我慢できんくて、すぐに触ってしまうっちゃろ?」 遥はおばあちゃんから目をそらした。 「……お、おーいえー……。上手くいってるかなって思っちゃうのん。ついつい蓋を開けたり、触ったり、したくなっちゃうっちゃよー……」 「あんまり構いすぎはよくないっちゃよ。育てるためには、待つことも大事っちゃー」 「子育て論みたいっちゃのん。……遥ちゃん、たぶん子どもを持つことは難しいのん。今の日本のルールでは、養子も迎えられそうにないっちゃよ。子育て経験なくて、ぬか床を育てられるっちゃろかー?」 おばあちゃんはぬか床を丁寧にかき混ぜながら頷いた。 「大丈夫っちゃよー。そのかわりに遥ちゃんは、子どもを持つことができない人の気持ちば、わかるようになるっちゃ。できないことば一つあったら、必ずできることも一つ増えるっちゃ! 遥ちゃんば、優しいわらしっちゃ。いいお医者さんになれるっちゃよ!」 「ありがとうっちゃ。お医者さんになれるように、頑張るっちゃよ」 「子どもばいなくても、愛情も忍耐も、学ぼうと思えば、どこからでも学べるっちゃよ。引け目に思う必要はないっちゃ!」 おばあちゃんはそう言いながら、丹念に育てた大切なぬか床をビニール袋にわけてくれた。 「大切に育てるっちゃのんっ! 愛情も忍耐も学ぶっちゃよー!」  互いの身の上話や、遥の明るく楽しい失敗談、稜而の仕事の話などをして、しんみりしたり、笑ったりしながら夕食の支度をし、夕食の席では稜而は酒を、遥はご飯のおかわりを何度も何度も断りながら、膳を囲んだ。 「あんた、明日のお弁当用のしゅうまいば、持ったっちゃかー?」 夕食が終わると、蛍光灯が天使の輪のように光る茶の間と台所を往復しながら、おかあちゃんはいくつもの密閉容器に惣菜を詰めていた。 「しゅうまい、四個も入れたっちゃー」  一緒になって台所と茶の間を動き回り、冷蔵庫の扉を開けたり閉めたりしながら、遥も忙しない声で答える。 「四個っ? 四個じゃたりんちゃろが! あと四個持って帰りなさいっちゃよ!」 「そんなに弁当箱に入れたら、しゅうまいだけの弁当になるっちゃー!」 「ご飯を弁当箱に詰めないで、おにぎりにすればええっちゃよ! おかずば、弁当箱に入りきらないときは、そうするっちゃ! 覚えときなさいっちゃよ!」 「もうもう、遥ちゃんも稜而も大食漢じゃないっちゃけ、そんなにどっさりあっても……」 「なーに言ってるっちゃかねーっ! 明日の朝でも、晩でも、食べればいいっちゃろが! お腹空かせてたら、勉強も仕事もできないっちゃからなっ! 車なんだから、持って帰れるっちゃろ!」 デパートの紙袋いっぱいに詰め込んだ保存容器を持たされて、ガソリンスタンドから引き取ってきたピカピカの車へ歩いて行くと、おとうちゃんが後部座席に段ボール箱を詰め込んでいた。 「もうもう、今度はなんちゃねー?」 「トウモロコシっちゃ。ウチだけじゃ食べ切らんっちゃね、持って帰れっちゃ! ご両親にも蒸して持ってったらええっちゃ」 「もうもう、ありがとうさんっちゃね。だども、両親も二人暮らしっちゃよー……」 「ご近所さんにも配ればいいっちゃろ。……いや、ご近所さんに配るには、たりないっちゃな。また送るっちゃよ!」 「ご近所さんって……、隣のジョンちゃんちに渡すくらいっちゃけ、もうもう充分っちゃよー!」 紙袋のふちまでぎっちりと積み上がった惣菜とトウモコロシが詰まったダンボール箱を後部座席に積んで、ようやく二人は暇ごいをした。 「お世話になりました。ごちそうさまでした」 折り目正しい挨拶をする稜而の隣で、遥はしきりに手首の内側で目を擦った。 「ぬか床、わからなかったら電話するのん。……うっく、ひっく。……また、遊びに来るっちゃあ……、ぐすっ、ずずっ。うう……っ。今度は畑のお手伝いも、ご飯のお手伝いも、もっとどっさりするっちゃよ……」 「遥、そんなに泣かないっちゃよ! またいつでも遊びに来ればいいっちゃけ! もうもう、おかあちゃんまで泣けてしまうっちゃろが」 もらい泣きするおかあちゃんの横で、おばあちゃんが洗いざらしの柔らかな手拭いで、遥の涙をごしごし拭いてくれた。 「無事に家に帰るまで、おばあちゃんば心配して待ってるっちゃけ。家に着いたら、電話するっちゃよ。道が暗いっちゃけ、気をつけなさいっちゃ。稜而先生も安全運転っちゃよ。おばあちゃんは暇だから、遅くなっても構わんっちゃ。着いたら、電話してくれちゃよ」 震える遥の背中を撫でながら、助手席へ遥を座らせ、ドアを閉めてくれた。 「明日も仕事や予備校あるんちゃろ。早く帰りなさいっちゃ」 「はいなのん……っ、帰ったらすぐに電話するっちゃー!」 遥は窓を開け、見えなくなるまで手を振って、おばあちゃんとおかあちゃんとおとうちゃんと別れた。

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