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第110話*

 窓から取り込む夜風で、泣いて熱くなった顔を冷やし終えると、遥はカーオーディオを操作して、賑やかなディスコミュージックメドレーに合わせて歌い踊った。 「♪あいあま、ダーンシング・プリーンス! やんちゃでスウィート! オンリーじゅうはっさーい!♪ おーいえー! 入汲温泉町、また来るのんっ!」  しかし片手を天に向けて指差したり、両手を握りこぶしにして左右交互に上下に振ったりしていたのも、谷川に架かる赤い橋を越え、県道を走る間だけで、高速道路に入り巡航速度で安定すると、すぐに遥はふわふわとあくびをし始めた。 「着いたら起こすから、寝ていいよ」 「ダメよぅ、稜而は運転してるのに」 「遥の寝顔を見ながら運転するのも好きなんだ」 「わーお! 愛されてるのーん…………」 そう言った直後に遥は眠りに落ちて、あどけない顔になった。  稜而はカーオーディオをFMラジオに切り替えて、流れてきた曲に合わせて歌詞を口ずさむ。 「♪好きよ 今日まで逢った誰より I will follow you あなたの生き方が好き……♪ さて、遥はどこの大学に縁があるかな。遥を理解してくれるところが一番いいけど」  等間隔に行儀よく走る列からウィンカーを鳴らし、右車線へ躍り出た。 「俺も遥みたいな生き方を知ってたら、もっと実りある大学生活を送れたかも」 小さく首を傾げると、スポーツカーの性能を引き出し、夜の高速道路を一気に駆け抜けた。  助走区間が短く、左右からの合流が入り乱れる、曲がりくねった首都高を走っても、遥は安心しきった顔で眠り続けていた。 「あんまり油断してると、遥の人生丸ごと全部、食べてしまうかも知れないよ」 話しかけても返ってくるのは静かな寝息だけで、自宅のガレージに車を収め、ドレンチェリー色の唇にキスをして、ようやく遥は目を覚ました。 「おはよう。着いたよ」 「ふぁーあ。もうおウチ? どこでもドア使ったみたいなのん……むにゃむにゃ」 「遥、おばあちゃんに帰宅しましたって報告して」 「はいなのん」 遥は手の甲で目を擦ってから、携帯に登録したばかりの番号を呼び出し、通話ボタンを押す。 「大家さんのお宅でらっしゃいますですか。遥ちゃんですのん! ……おばあちゃん、おーいえー! うん、ウチに着いたっちゃよー! 道は混んでなかった……、と、思うっちゃ。稜而ば運転してくれて、遥ちゃんはずっと寝てたのんちゃー。……そうちゃ、そうちゃー、甘えてしまったっちゃよー。……あ、おかあちゃんっちゃか? お世話さんでしたっちゃー! んだんだ、無事に着いたっちゃよー!」 遥は通話しながら稜而と一緒に荷物を運び上げ、冷蔵庫の中へパズルのように食材を詰め込み、明日の弁当の準備をしつつ、おばあちゃんとおかあちゃんと交互に長い時間、話をした。 「……そうっちゃよー! うん、じゃあまた。うんうん、連絡するっちゃよ! おやすみなさいっちゃ! ……わかったっちゃ、伝えておくっちゃけ。うん、おとうちゃんにもよろしくっちゃ! おやすみ。……わはは、今度こそ、ホントにおやすみなさいっちゃー!」 ようやく通話を終えたときには、稜而はスーツケースの中身を片付け終え、さらには風呂まで済ませて、濡れた髪をタオルで拭いていた。 「やーん、お待たせしてたっちゃかー? 遥ちゃんも、すぐお風呂に入ってくるっちゃー! ♪シャワーのあめに、うたれてはりきるー、あわあわのなかで、はるかのぼーせるのー。そのえーがおを、しーぐさを、いとーしーくてー、ほんきで、おもうの、だいて、だいて、だーいてー♪ 今日はどんなおパンツ穿こうかしらーん?」 バスルームを出た遥は、コレクションが詰まっている引き出しをかき回し、さらにきちんと整理されている稜而のハンガーラックをぱたぱた探った。 「稜而の白いワイシャツ、はっけーん! お揃いっぽく見える白のコットンのフリルいっぱいなTバックで、コーディネートはこうでねぇとー! おーいえー!」 丸めた爪先をショーツの穴へ交互に通し、脚のラインに添わせて引き上げる。 「うふーん。稜而の大好物なおしりが丸見えなのーん。これからワイシャツの裾でギリギリのところまで隠すのよー!」 後ろ姿を鏡で確認してから、稜而の真っ白なワイシャツを羽織り、第三ボタンから下だけを留め、翼のペンダントが見えるように胸元を開けて、ぴょんぴょんと寝室へ入っていった。 「お待たせなのーん!」 ぽふっとベッドの上に飛び乗ると、仰向けに寝ていた稜而は遥を見て目を見開き、ワイシャツ姿の遥を上から下までじっくりと見て、それから目の上に腕を乗せて、大きく息を吐いた。 「ヤバい。すっごい好み……。めちゃくちゃ興奮する……」  遥は稜而の上に覆いかぶさり、顔の両脇に手をついて、稜而の顔を見下ろした。肩からこぼれたミルクティ色の髪の先が、稜而の頬を撫でる。 「燃えて、稜而。上手に焼けたら、遥ちゃんがいただきますのん」  稜而は遥を見上げ、片頬を上げた。 「どうぞ。存分に食わせてやる。でも、その前に……」 「あっ」 遥は稜而に抱き締められ、そのまま体勢を反転させられて、あっという間にベッドに仰向けになって稜而を見上げた。洗いざらしの前髪がさらさらとこぼれ、稜而の顔に影を作る。 「まずは、俺を食べるための口を開けさせないと」 にっこり笑って、稜而の顔が遥の顔に重なる。互いの唇を啄むようにキスをして、そのキスは次第に深くなっていき、互いの口中を探りあうキスになる。  ぬるぬると絡む舌は自在に形を変え、感触を変えて、二人に官能を与えた。吸うとざらついた感触になり、薄くして表面を触れさせあえばひたひたと密着し、尖らせれば唾液をたっぷりまとって互いの舌をくすぐった。  遥は感じるまま、素直に声を上げる。 「んっ、ふ……っ、んん……」 小さく震える身体を、稜而の舌が辿っていく。  耳を食み、尖らせた舌で奥まで探る。がさがさと茂みをかき分けるような音と同時に、逃げたいのに逃げたくないようなくすぐったい気持ちよさがあって、遥は眉間に軽く力を込める。 「ん、ん……」  反射的に逃げようとする遥の頭は稜而の腕にしっかりと抱かれ、くすぐったさが官能に変化するまで、きっちりと追い詰められて、体温が上がる。 「ああっ、ん……っ」  耳朶をするんと口に含まれ、舌先でくすぐられてから、稜而の舌は、首筋、鎖骨、胸骨へ移動していく。  その舌の動きとは別に、稜而の指はワイシャツの生地を押し上げている胸の粒を捕まえていて、指先で引っ掻くようになぶられる。 「うっ、ン……。気持ちいい……」 血液が炭酸水になって駆け巡るような快感に、遥は稜而の腰に片足を絡め、軽く擦りつけるような動きをした。 「いきたくなってきた?」 「うん」 「いいよ、何度でも、いきたいだけいって」  稜而はワイシャツ越しに胸のつぶを口に含むと、軽く歯を立てて甘噛みしたり、舌先でこねたりした。 「あっ、あっ。稜而っ!」 与えられる刺激はじりじりした熱となって体内に蓄積されていき、限界を超えると一気に噴出した。 「あっ、ああああああっ!」  稜而は達する遥の姿を俯瞰で眺め、それから自分の唇をぺろりと舐めた。 「ワイシャツが濡れて、ぷっくりと勃起した乳首が透けてるの。すごくいやらしくて、いい」

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