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第112話*-オープンキャンパス編-

「これ、昨日、入汲(いりくみ)のおばあちゃんに習って、遥ちゃんば漬けた、ぬか漬けなのんちゃー!」 キュウリのぬか漬けの一切れを箸でつまみ上げると、建志の口へぐいぐいと押しつける。 「何? 何だよ? 近過ぎて見えねぇよ!」 建志は仰け反り、箸先のしんなりしたキュウリを見てから、ようやく口を開けた。 「うん、美味い」 「でしょ、でしょ、生まれて初めて上手くできたのん! ぬか床は入汲のおばあちゃんのぬか床っちゃけ、間違いないっちゃよー! ♪はるかちゃんが、よなべーをして、ぬかづーけをつけたのー! りょうじーにべんとう、たべさーせたくて、せっせーとつけたっちゃよー!♪」 予備校の学食で広げた弁当箱には、大きなシュウマイがみっちり詰まり、さらには入汲のおかあちゃんが作った惣菜もぎゅうぎゅうで、入りきらないご飯はおにぎりにして持参していた。 「お前、いつにも増して日本語が変だぞ?」 「あーん、聞いてくれる? 遥ちゃん、昨日、運命的な出会いを果たしましたのん。ちょっと遅くなっちゃったけど遥ちゃんの十八歳のお誕生日おめでとう小旅行で入汲温泉に行ってあはーんって愛の時間を過ごして、次の日に社長さんが熱中症で遥ちゃんは助けてーってなっちゃったけど稜而がお医者さんでとっても素敵でしたのん。めでたしめでたしと思ったらドライブ好きな豚さんがご乗車遊ばされちゃっててびっくりで、養豚農協のおとうちゃんと会って、それからおかあちゃんと、おばあちゃんに会いましたのん。畑に連れてってもらって、ほやほやぴかぴかのとうもころしを蒸して食べて、……あ、はい、これ、どーん! 建志とロンロンにとうもころしどうぞなのん。皮ごとラップしてレンチンで美味しいのよ! そう言えば最近、ロンロンと会えてないけど、ロンロンはお元気っちゃかー?」 遥はぱたんっと首を横に倒し、ツインテールに結ったミルクティ色の巻き髪を揺らした。 「相変わらず、お前の話は要領を得ねえな! 論はずっとピアノ弾いてるよ。夏休みは子ども向けのクラシックコンサートで忙しいんだ」 「おーいえー! 防音効果バッチリな新居で、ピアノもセックスもご遠慮なくなのーん! 二人の生活を映画に例えるなら、チャトラン夫人の恋人? 氷のほほ笑みかしらー?」 「映画のチョイス古いし、タイトル間違ってるし、俺と論は、そんな爛れた生活はしてない!」 「えー? 受験勉強のしすぎ、ピアノの練習のしすぎかしらーん? 今、爛れずに、いつ爛れるおつもりなのーん? よろしければ着火材として、遥ちゃん秘蔵の映画『マジックミラー号』シリーズの10周年記念特別版DVDをお貸ししましょうかしらなのよ?」 「いらない! それにマジックミラー号シリーズは映画じゃない!」 「あーん! でもでも、あのシリーズは名作がたくさんなのよー! 夫婦でナンパされて、おっぱいプルルンな人妻がマジックミラーの透け透けな壁に向かって……」 「予備校に通い続けたかったら、今すぐその口を閉じやがれ!」 建志は顔を真っ赤にして食堂のテーブルを叩き、かえって周囲の注目を集めて、小さく頭を下げ首をすくめた。 「あらー、建志。大きな物音で周りの人をびっくりさせちゃうのは、よくないんじゃないかしらって遥ちゃんは思うのん」 「真っ昼間の予備校の食堂で、エロビデオの話をするお前にびっくりだ、俺は!」 再び建志はテーブルを叩き、周囲から冷たい視線を浴びせられて、二人は静かに食堂を出た。 「お前、本当に帰国生徒枠の推薦入試、受けないのか?」 情報コーナーの掲示板を見上げる遥の横顔に、論は心配そうに話し掛ける。 「だって、受かっちゃったら、必ず入学しなさいって条件なのよ。遥ちゃん、私立は行くつもりないのん。断然、学費の安い国公立だわー。それも自宅から一時間以内で通えるところがいいのん! 朝はキャベツとお寝坊したいし、夜は遥ちゃんの美味しい手料理を食べたいのよ」 「むちゃくちゃ言うよな。お前の家から一時間で通える国公立の医学部なんて、東大か医科歯科大しかねぇだろ。せめて滑り止めの私立は受けろよ」 「でも、受かっても行かないのん。遥ちゃん、理事長の息子になっちゃったから、医療法人社団()学会の奨学金は使えなくなっちゃったのん。理事長や理事は奨学金を使えないってルールらしいのよ……」 「それもわかった上で、ご両親は再婚してるんだろ」 「だからって、いきなりお父さんになった人に、都内にマンションが買えちゃう金額の学費を出してくださいなんて、心が苦しすぎるのん」 「ほら、今度の土曜日にオープンキャンパスやるって。大学の奨学金を使うこともできるだろうし、見に行くだけ、行ってみれば」 指差されたポスターに縦書きされた大学名を見て、遥は首を傾げる。 「某医科大学じゃ、どこの医科大学かわからないのん。なにがしさんなのかしらん?」 「某じゃなくて、甘木。なんで、わざわざ二文字をくっつけるんだよ? 甘木医科大だって簡単じゃねぇけど、私立の割に学費は良心的だから、雰囲気だけでも見てくればいいんじゃね?」 「ふうむ」 遥はツインテールに結っているミルクティ色の髪を一房鼻の下にあてて、もぐもぐした。 「ああ、甘木医大。いいね」 予備校からもらってきたチラシを表、裏とひっくり返して眺めつつ、稜而はうんうんと頷く。 「でもでも、私立はっ、学費っ、高いっ、のんっ」 遥は帰宅した稜而をソファに座らせ、ジーンズのファスナーを開けて引きずり出し、後孔に含むと、稜而に抱きつき、ふりふりと腰を動かしていた。 「父さんが出すって言ってるんだから、いいと思うけど。……ふうん、模擬講義まである。面白そうだな」 「稜而のほうが、行きたがってるのん」 「遥のほうがいきたがってるくせに」 軽く突き上げてやると、遥は悩ましげな顔になった。顔が赤く、熱い息を吐いて、稜而を見上げる。 「んん……っ」 「いかせてあげようか?」 下半身と連動しない爽やかな笑顔を見せ、遥が頷くと強く早い律動で責め立てた。 「はっ、ああ……ンっ! やあっ、もう……っ」 「愛してるよ、遥」  オープンキャンパスのチラシを手にしたまま、しっかり遥を抱き締めて、遥とほぼ同じタイミングで稜而も思いを遂げた。

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