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第2話
玄関脇の電気のスイッチを入れれば、けして広くはない和室の灯りが点く。炬燵のそばには脱ぎっぱなしの寝間着と使い古した袢纏。室内干ししてあるパンツや靴下、そんなもんがぶら下がってる。長年の男の一人暮らしの部屋なんだから、雑然としてて当たり前。そもそも客らしい客など、ほとんど来やしない。
「うわ、おじさん、ちょっとは片づけなよ」
炬燵にコンビニの袋を置くと、俺の背後から呆れたような声で翔太の声がする。
「いいんだよ、これが俺にとって居心地がいいんだから」
「何言ってるの、俺もここで暮らすんだから、ちゃんとしてよ」
「は?」
突然何を言い出すんだ、このガキは。コートを脱ぎながら、玄関で前かがみになってショートブーツの紐を緩めている翔太を呆れた眼差しで見た。
「だから、それをメールしてたのに、泰寅おじさん、読んでないんだもんな」
「読んでないっていうか、なんで、俺がお前と一緒に生活しなきゃなんないんだよ」
すっかり馴染んだ快適な一人暮らしをしているというのに、なんで、他人と生活しなくちゃならないんだ。ジャケットを脱いでネクタイを緩めた俺は、畳の上に放っておいた袢纏を拾って羽織る。俺は翔太が部屋に上がり込む前に、玄関先に屈んでいる翔太を見下ろすように立った。しかし、翔太はそんな俺のことなど気にもせずに、ショートブーツから足を抜くと、ぐっと背筋を伸ばして床へと足を下ろそうとした。
「おい、誰が上がっていいって言った」
片足のつま先だけをのせた状態の翔太の肩を軽く押す。
「えー、ここまで来たら、普通、上げない?」
「ここで上げたら、俺の穏やかな生活が崩れる」
「崩れない、崩れない」
そう笑いながら言うと、俺の突き出した手などお構いなしに身体ごとグイグイ押してくる。思いのほか強い力に、若干ビビるも、俺も一応男の端くれ、なんとか足を踏ん張った。
「おじさん、ひどーい。可愛い甥っ子が、ずっと夜中まで外で待ってたんだよ?玄関まで入れたなら、部屋の中も同じでしょー」
片足だけ脱いだ状態のまま腕を組んで、ぶすったれた顔で文句を言う翔太。こんなところは子供のころの表情と変わらない。あの頃はまだ可愛らしさがあったのに、今のこいつは、ただ小憎らしいだけだ。
「いや、俺の長年の勘が、お前を上げちゃダメだって言うんでな」
「何それ?いいから、どいて」
押し負ける訳にはいかない、と踏ん張ろうとした俺を、今度は袢纏ごと、俺の腰を両手で抱え込んで抱き上げやがった。
「お、おいおいっ!?」
「よいっしょっと」
自分が、こうもあっさりと抱え上げられたことに、かなりのショックを受けている俺。いやいや、俺も百七十五センチはある男だぞ。運動不足かもしれないが、そこそこ筋肉だってある(若干、腹のほうの肉も気になりだしてはいるが)。
「おじさん、もうちょっと太ったほうがよくない?随分と軽いんじゃねーの?」
ジタバタしている俺をものともせずに、『お邪魔しまーす』と、あっさりと部屋に上がり込んできた翔太。炬燵のそばに俺を下ろすと、自分もハーフコートを脱ぎ始めた。
「うー、寒っ。おじさん、炬燵の電源どこ?」
俺は大きくため息をつくと、炬燵の電源を入れると、コンビニの袋を持って台所に向かった。
「翔太、お前、飯は?」
「食ってない。おじさん帰ってきたら、どっか食いにでも連れてってもらえるかと期待してたのに」
炬燵に入りながら、再び、文句たれモードの翔太に、思わず舌打ちをしたくなる。本当に可愛げがなくなったな。
「自分の分のカプラしか買ってきてねぇから……仕方ねぇなぁ……」
冷蔵庫にあった卵と長ネギを出すと、万が一用にとっておいた袋麺を台所の吊戸棚から取り出した。
「え、おじさん、何か作ってくれるの?」
期待満々の声の翔太を、ジロリと睨みつける。
「ただのラーメン。出来るまでの間、そのメールの中身を口頭で説明しろ」
俺は、とりあえず、長ネギを切り始めた。
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