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第4話
四十路の男の一人暮らし。泊まりに来るような相手もいないから、客用の布団など用意などしているわけもなく。俺は自分の布団に、翔太は炬燵の中で寝ていた。目覚ましが鳴ったと同時に布団から抜け出す。時計の時間は、午前七時。十分に寝た気にならないのは、色々考え込みながらだったせいだろう。
袢纏を羽織って、炬燵のある居間を覗くと、自分のコートを着たまま、座布団を枕に、翔太は気持ちよさそうに寝ている。
「翔太、起きろ」
俺の声に、まったく反応せずに眠り続ける翔太。寝顔は、子供の頃と変わらず、あどけなさが残っているようなんだが。こうも図体がデカいとな。
「ほら、起きろ。布団、空いてるから、そっちで寝ろ」
「ん、ん……」
ようやく反応をした翔太は、瞼をこすりながら、炬燵からずるずると這い出してきた。
「おじさん……もう、起きたの?」
ぼんやりとした顔のまま、部屋の中をきょろきょろと見回す。
「ああ、出かける準備始めるから、お前は布団でちゃんと寝ろ。今日は大学は?」
「……講義はないけど……午後から予定ある……」
「それなら、もう少し寝られるだろ」
コクリと素直に頷くと、翔太は重そうな身体を引きずるように、布団のほうに這っていく。俺はそんな姿に呆れながら、冷蔵庫を覗き込んだ。
しばらく引き出しの奥の方に入れてあった合鍵を探し出すと、炬燵の上に『出る時はこれを使え』というメモと一緒に残してきた。
仕事とはいえ、休日出勤だからスーツを着る必要はない。俺はダウンジャケットにハイネックのセーターにジーンズというカジュアルな格好で家を出る。白い息を吐きながら、駅に向かう俺は、容子に電話をかけた。
『はい、平沼です』
女の声が出たので、てっきり容子が出たのかと思った。
「あ、俺。泰寅」
『え?どちらさま?』
「は?あれ?容子じゃない?」
俺は多少混乱しながらも、斜め掛けのバックの中から定期を取り出し、改札を抜ける。
『えと、ママですか?ちょっと待ってください』
ママ?ああ、翔太の妹が出たのか。容子と声が似てて驚いた。電光掲示板に出ている電車の到着まで、十分くらいある。
『もしもし?兄さん?』
「ああ、今のは?」
『あは、娘のアリス。もう来年は中学生なの。声、似てた?』
「そっくりで、びびった」
『あはは。で、どうしたの?』
「あのさ、今、翔太、うちに来てるんだけど。あと、俺のメアド、なんでお前知ってるんだ?」
一瞬、容子は答えるまでに間があった。
「容子?」
『あ、うん……メアドはお義父さんから、前に教えてもらったの。そっか、翔太、そっち行ったんだ……』
「なんかケンカしたとか言ってたけど」
『あー、うん、そうね、ケンカになるか……』
なんだか歯切れが悪い答え方に、俺の方も訝しく思ってしまう。
『とりあえず、兄さん、しばらく翔太のこと、よろしくお願い。ちょっと私もパートに出なくちゃいけないからさ』
「あ、悪い。俺ももうすぐ電車に乗るんだ」
『え、仕事なの?』
「まぁな」
俺たちは、また連絡をすると約束をして、電話を切ると、ちょうど電車がホームに入ってきた。
翔太は、どんな理由でケンカして出てきたのか、は気になるものの、こればかりは本人から聞かないことにはわからない。
ガラガラの電車の中に乗り込みながら、俺はすでに仕事のことを考え始めていた。
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