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第6話

 そんな穏やかな共同生活があっさりと崩壊したのは、その次の週のことだった。いつものように残業もなく、まっすぐに帰って来た俺の目の前で、翔太が何やら少し小柄な男と揉めているようだった。アパートの玄関先で喧嘩とか、やめてくれよ、と思いながら声をかける。 「翔太、どうした」  俺の声にハッとしたように振り向いた翔太。マズい、という思いがありありと浮かんでる。その一方、翔太の服を両手で掴んでる小柄な男の方は、随分と勝気そうな目付きで俺を睨みつける。なんだよ。喧嘩の相手は俺じゃねぇだろうが。思わず、俺の方もムッとしてしまい、顔にも出てしまったのだろうか、小柄な男は翔太から手を外すと、俺の方に向かってきた。 「今度は、あんたが翔太の相手?」 「……は?」  俺は、小柄な男と翔太の顔を交互に見る。翔太は、俺を拝むように手を合わせて、情けない顔をしているし、こっちの男は顔を真っ赤に睨みつける。 「だから、翔太の新しい恋人ってあんたかって聞いてんのっ」  この状況に、俺の脳みそはついていけていない。そして、再び翔太を見ると、もう居た堪れない様子に、しゃがみこんでいる。そしてようやく理解した。あああ、痴話喧嘩か。この場合、俺はどう振舞うのがいいんだろうか? 「翔太」  俺は参ったなぁと思いながらも、翔太に声をかけた。チラリと俺に向ける視線には、申し訳なさで溢れているように見えた。  そして、なんとなく、家を出てきた理由も予想がついた。こいつがきっと実家にまで押し掛けたに違いない。そして、翔太が隠していた性癖をバラしたのだろう。容子はそれを知っていたかどうかはわからないが、義父がそれを知ってしまったら。大概の男だったら、あからさまな拒絶反応を示すかもしれない。だからこそ、俺のところに逃げてきたのか。何も知らない俺だからこそ。そして、生さぬ仲の家族を持っている俺だからこそ。 「……仕方ねぇなぁ……」  俺は大きく息を吐くと、目の前の小柄な男に顔を寄せた。 「だったらどうだっての」  小柄な男の顎に手をやると、クッと顔をあげる。アパートの薄暗い灯りに照らし出される顔は、よく見ると随分と小綺麗な顔をしていた。 「……あんた、意外に綺麗な顔してんな」 「んなっ!?」  ジッと見つめながら言うと、男は首まで真っ赤になりながら口をパクパクしだした。 「き、綺麗だなんてっ」 「泰寅おじさんっ」 「うおっ!?」  男の顔に気を取られていた俺に、翔太がいきなり抱き着いてきた。小柄な男のほうは、翔太に突き飛ばされたのか、廊下に尻もちをついている。 「翔太、酷いっ」 「うるせぇっ」 「二人ともうるせぇっ!」  夕飯時だというのに、アパートのそれも外の廊下で騒ぐとか、勘弁してくれ。俺はなんとか収拾をつけようと、翔太に抱き着かれたまま、倒れている男に声をかけた。 「とにかく、あんた、さっさと帰れ。翔太は俺んだから」  その言葉に翔太は抱き着いている腕にギュッと力を込める。男は、悔しそうな顔をしながら立ち上がると、俺たちの脇を小走りに去っていく。 「お気をつけて~」  俺の声は男に届いたかはわからないが、これで怒りの矛先が翔太から俺に向いたなら、それはそれでいいだろう。 「おら、いい加減、離れろ」 「……ヤダ」 「あ?」  俺よりもデカい翔太に抱き着かれては、身動きが取れない。残業なしで帰宅したって、疲れてるものは疲れてる。その上、痴話喧嘩まで収めてやったのだ。それなのに、いつまでも離れようとしない翔太。 「甘えるのもいい加減にせぇっ!」 「いてっ!」  俺は、ビジネスバックで翔太の尻を思い切り叩いてやった。

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