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第5話
「へえ、こんな近くにいい店あったんだな…」
程なくして休憩時間となった央が、嬉々として遊一朗の個人用の携帯に連絡を入れた。そのまま図書館の駐車場で落ち合い、すぐ裏手にある一件の喫茶店に足を運ぶ。
古民家を改装したような造りで、一見すると素通りしてしまいそうな外観だったが、一度足を踏み入れると、まるで違っていた。ドアを開ければ漂うコーヒー独特のあの香りと、どこかノスタルジックなものを感じさせる橙色の照明。紅いチェックのベストがよく似合う老齢のマスターと、常連客の広げる新聞。
「こんにちは、マスター」
「おや。央君が初めて誰かを連れて来ましたね」
「えっ、そうでした?」
にこにこと嬉しそうに微笑むマスターが置いてくれたおしぼりを目頭に充てる。絶妙な暖かさに思わず遊一朗からはため息が溢れた。
「うぁー、ちょっとそれオッサンくさいですよ」
「悪かったなオヤジで」
「あっ、マスター、ブレンドといつものココアお願いします」
「はい、かしこまりました」
ゆっくりと優雅にお辞儀をしたマスターがカウンターへと向かい、よく使い込まれたサイフォンをセットしていく。
店の中を見渡していた遊一朗がその様子を書き留めようとスーツからメモを出そうとしたところで、すかさず央がそれを止めた。
「ダメです、遊一朗さん」
「なんでだよ」
「お客さん増えちゃうじゃないですか」
遊一朗が担当しているタウン誌は、わりと広範囲にわたって配布されているため、遠方からでもそれを見たという客が来ることも多い。実際に今までに掲載して来た店舗も、車でわざわざ30分かけて来てくれたよ〜と店長から嬉しい報告があったりしていた。
だからこそ、自分の紡ぐ文字に自信もあった。
「マスターはね、お店を見て、知ってる人だけ来てくれればいいんだって言ってました」
時間をかけてコーヒーを落とす。メニューが無くても注文ができる。一人ひとりの客の名前と顔を覚えられる。ソファに座り、何もせず、ただぼーっと時が流れていく。
そんなことが出来るのは、この店の良いところだ。
しかし、マスター1人で切り盛りしているとあっては、客足が増えれば増えるほどそれも難しくなるだろう。
だから、敢えて何も宣伝などをしていないのだという。
ふうん…と納得した遊一朗が、湯気を立てたサイフォンを見つめる。
「…で、お前は俺を連れて来たってワケね」
「え?なんですか?」
「なんでも。それより、お前のおすすめは?」
カウンターに隣接している冷蔵ショーケースを指差して、ニヤリと笑う遊一朗。その中には多数のケーキが並んでいた。
嬉々として席を立った央が、そちらへ小走りで近寄ると、マスターと一言二言交わして皿を受け取る。
ショーケースを開けて中から2つケーキを取り出し、ゆっくりとテーブルに置いた。
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