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第6話

「どうぞ、僕のオススメです」 央が遊一朗にと持ってきたのは、緑色のスポンジとクリームの間に黒っぽいものが挟んであるケーキだった。一見するとそれは抹茶か何かだとはわかるが、何が挟まれているのかはわからない。央の前に置かれたチョコレートケーキとは色が違うので、チョコレートではない、という事しか思い至らない。 遊一朗が首を傾げながらもフォークで一口食べて、すぐにその顔を上げた。 「…これ!」 「あ、やっぱわかりました?寅屋さんのようかんが挟んであるんです」 絶対好きだと思った〜。なんて笑いながら、ぱくぱくとフォークを口に運ぶ遊一朗を嬉しそうに見つめる。 程なくしてマスターが銀色のトレーでコーヒーとココアを持って来た。 「お待たせいたしました」 カップから香るコーヒーの匂い。遊一朗がフォークを置いてすぐにコーヒーを啜ると、ケーキの時と同じような反応をする。 「美味い…なんだ、これ…?」 「ありがとうございます、当店の特製ブレンドです」 「マスター、あの……あ、いや、何でもないです」 『うちに載せませんか?』という言葉を、コーヒーと共に喉の奥へ呑み込む。 こんなに良い店を紹介したいという気持ちと、誰にも教えたくないという気持ちがない交ぜになり、僅差で後者が勝った。マスターもそれを汲んでくれたのか、言いかけた言葉に追及する事もなく、にこにこしながら遊一朗がコーヒーを飲む様子を見ている。 抹茶のケーキに使われているようかんの仕入先は、遊一朗が担当している和菓子屋だという。つい先ほども行って来た、あの寅屋。しかし、しばらく通っていても、この喫茶店の話題なんて一度も出てこない。という事は、やはりマスターがそれを望んでいないからなのだろう。 知っている人だけが来ればいい。 マスターがそう思うなら、遊一朗もその人間になっただけのこと。取材の後の楽しみが増えたのだ。 「ところで、央くん…?」 「あっ、ハイ、これです!」 「ふふ、ありがとう。いつも楽しみにしてるんですよ」 央が持って来ていたトートバッグから取り出した一冊のノート。それをマスターに手渡すと、優雅に一礼して再びカウンターへと戻って行った。 「何渡したんだ?」 「あ、いや…ははは〜?チョコケーキ美味しいな〜、一口食べますか遊一朗さん、ほら、どうぞ!はい!」 有無を言わさない勢いで遊一朗の口元にフォークを差し出し、呆気に取られて開いたままの口にぐいぐい突っ込んでくる。仕方なくそれを受け入れるが、やはり先ほどのノートが気になってしまう。 「…美味い」 「でしょ!マスターのケーキはどれも美味しいけど、抹茶のとチョコのは僕の一押しなんです!」 「確かにな、寅屋のようかんと抹茶はよく合うと思う」 「うんうん、そうでしょう!」 「で、さっきのは?」 「ああ、僕が趣味で書い………はっ!!!!いやっ、なんでもないですっ!!!!」 「なワケねえだろ」 「ですよね…」 はあ、と肩を落としてしまった央が、諦めたように少し冷めたココアのカップを掌で包み込み、ゆっくりと口に出した。 「僕…趣味で小説書いてるんです」

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