6 / 7
第6話
「どうぞ、僕のオススメです」
央が遊一朗にと持ってきたのは、緑色のスポンジとクリームの間に黒っぽいものが挟んであるケーキだった。一見するとそれは抹茶か何かだとはわかるが、何が挟まれているのかはわからない。央の前に置かれたチョコレートケーキとは色が違うので、チョコレートではない、という事しか思い至らない。
遊一朗が首を傾げながらもフォークで一口食べて、すぐにその顔を上げた。
「…これ!」
「あ、やっぱわかりました?寅屋さんのようかんが挟んであるんです」
絶対好きだと思った〜。なんて笑いながら、ぱくぱくとフォークを口に運ぶ遊一朗を嬉しそうに見つめる。
程なくしてマスターが銀色のトレーでコーヒーとココアを持って来た。
「お待たせいたしました」
カップから香るコーヒーの匂い。遊一朗がフォークを置いてすぐにコーヒーを啜ると、ケーキの時と同じような反応をする。
「美味い…なんだ、これ…?」
「ありがとうございます、当店の特製ブレンドです」
「マスター、あの……あ、いや、何でもないです」
『うちに載せませんか?』という言葉を、コーヒーと共に喉の奥へ呑み込む。
こんなに良い店を紹介したいという気持ちと、誰にも教えたくないという気持ちがない交ぜになり、僅差で後者が勝った。マスターもそれを汲んでくれたのか、言いかけた言葉に追及する事もなく、にこにこしながら遊一朗がコーヒーを飲む様子を見ている。
抹茶のケーキに使われているようかんの仕入先は、遊一朗が担当している和菓子屋だという。つい先ほども行って来た、あの寅屋。しかし、しばらく通っていても、この喫茶店の話題なんて一度も出てこない。という事は、やはりマスターがそれを望んでいないからなのだろう。
知っている人だけが来ればいい。
マスターがそう思うなら、遊一朗もその人間になっただけのこと。取材の後の楽しみが増えたのだ。
「ところで、央くん…?」
「あっ、ハイ、これです!」
「ふふ、ありがとう。いつも楽しみにしてるんですよ」
央が持って来ていたトートバッグから取り出した一冊のノート。それをマスターに手渡すと、優雅に一礼して再びカウンターへと戻って行った。
「何渡したんだ?」
「あ、いや…ははは〜?チョコケーキ美味しいな〜、一口食べますか遊一朗さん、ほら、どうぞ!はい!」
有無を言わさない勢いで遊一朗の口元にフォークを差し出し、呆気に取られて開いたままの口にぐいぐい突っ込んでくる。仕方なくそれを受け入れるが、やはり先ほどのノートが気になってしまう。
「…美味い」
「でしょ!マスターのケーキはどれも美味しいけど、抹茶のとチョコのは僕の一押しなんです!」
「確かにな、寅屋のようかんと抹茶はよく合うと思う」
「うんうん、そうでしょう!」
「で、さっきのは?」
「ああ、僕が趣味で書い………はっ!!!!いやっ、なんでもないですっ!!!!」
「なワケねえだろ」
「ですよね…」
はあ、と肩を落としてしまった央が、諦めたように少し冷めたココアのカップを掌で包み込み、ゆっくりと口に出した。
「僕…趣味で小説書いてるんです」
ともだちにシェアしよう!