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第3話
神田文、二十歳。
その職業は、薬剤師である。
しかしただの薬剤師ではない。代々神田家は奇妙な薬を作ることで有名であり、町の人々からは魔女の家とも言われていた。
両親も祖母も兄もいない中、神田はたった一人で店を受け継ぎ、唯一残された資料を頼りに薬を作っていた。
しかし。
やはり出来上がる薬は、いつも異様なものばかり。
動物の声が聞こえるようになる薬や、記憶を消す薬、人格を変える薬など。色々と危険な類のものばかりだ。
「う~~ん、なんでかなぁ?これとこれを調合したら、乳首みたいなピンクの塊が出来ちゃった……どうしようこれ」
付けていたマスクを取り、瓶の中でコロコロと転がる小さなピンクの塊を見つめる神田。
どうやら今日は、得体のしれない物体が生まれてしまったらしい。
困ったように眉をしかめ腕を組んでいると、何を思ったのか先日使ったローションを瓶の中に入れ、滑りを帯びた乳首をニヤニヤしながらジッと見つめた。
自重という言葉を知らない頭の中ピンク一色の神田だが、今まで作って来た薬を無駄にしたことはない。
この乳首のような物でさえ、使えるものに変えるのだ。
「おっ!!やった!!」
何故かローションをかけられたことによって、徐々に溶けだしていく乳首。
大発見でもしたように神田は目を輝かせながら、瓶の中でどんどんピンクへ変色していくローションを手に取った。
「く腐腐腐……いいものが出来た」
なんとも気味の悪い液体を手にして、気持ち悪い笑みを浮かべる女。
きっとこの光景を見た人達はこう思うだろう。
コイツは魔女で、ここは魔女の家だと。
* * *
「オラァァ!!!絶望しろ人間共!!そして醜く逃げ惑えェ!!あはははは!!!」
「きゃあ!!」
「誰かぁあ!!」
「助けてぇーー!!」
またもや町に現れ、建物を燃やし尽くすギルシャワに人々は悲鳴をあげて逃げ惑う。
気付いたのが早かったおかげで住人は皆避難できたが、火に埋め尽くされゴウゴウと燃え盛る町は、まさに地獄のようだった。
「オラオラ!!ヒーロー様はまだですかァア!?早く来ねぇとこの町燃やし尽くすぞオラァ!!!」
「もう、ヒーローさん早く来てあげて!ギルシャワ様が会いたがってますよ!」
そんな地獄のような場所でも神田はものともせず、いつものように茂みに隠れてギルシャワを観察していた。
近くでは炎が燃え盛っているはずなのだが恐怖すら感じていない。それどころか、火に目も向けない。
今神田の視界に移るのは暴れまくる萌えキャラ。ギルシャワのみ。
「はぁ~~~……相変わらず素敵すぎる。あの殺意に満ちた目に、乱れる白い髪、そしてあの悪い笑顔!!ゾクゾクするぅ」
興奮のせいなのか、それともたんに火の近くにいて熱いせいのか、真っ赤に火照った頬を不気味なほどに歪ませ、神田はよだれを垂らしながら望遠鏡を覗く。
「さぁ~~早く来てヒーロー様ぁ。これの効果を早く試してみたいんだからさぁ~~」
既に蓋は開けられた状態の小瓶を右手で握りしめ、神田はその時をうずうずと待ち望んでいた。
そんなことを知る由もないヒーローは、赤いマフラーを靡かせ。ギルシャワの前に颯爽と現れた。
「やめろギルシャワ!!俺が来たからにはもう悪さはさせん!覚悟しろ!」
「しゃあ!!きたきたぁ!!」
相変わらずのダサい衣装を身に纏うヒーロー。
腐女子に目を付けられてるとも知らず、お得意の決めポーズをとる。
「やっと来たなクソヒーローが」
「ひゃあああ!!!なになに!?待ってたの!!??ヒーロー様の事ずっと待ってたのギルシャワ様ひぃいいい!!!」
『待ってた』と言っても、ギルシャワにとっては殺意がこもった言葉なのだが。神田にとっては違う方に聞こえてしまうらしい。
「なんだギルシャワ、そんなに俺に会いたかったのか?」
「アァ会いたかったねぇ。早くテメェに会って、昨日の礼をしてやりたかったんだよ!!クソヒーローが!!」
「グホッ!!会いたかったとか、グ腐っ。だめ、今はまだ萌え死ねないのよ……」
唾液が溢れる口を押え、なんとか精神を保つ神田。
だが、そんな神田にヒーローとギルシャワはさらに追い打ちをかける。
「昨日ってもしかして、ギルシャワは俺から触られたのが嫌だったのか?」
「ッ///!!そ、そっちじゃねぇ!!!あの、液体ぶちまかれた方だ///!!」
「ゴ腐ッ、ゲ腐ッ!も、もう止めて……死んじゃう」
しかも触られたことに対して文句はないんだと、重大な新事実に神田の精神は今にも飛んでいきそうになっていた。
「ギルシャワ、一つ勘違いしているぞ?あのローションは俺じゃない」
「ァア!?嘘つくんじゃねぇ!!」
「いや、ホントだって」
「……いや、もう関係ねぇ。あのクソ液体のせいで俺は、あのクソ部下共に変な目で見られて……」
「え?」
「ァアァア!!!クソがァ!!テメェはここで殺してやらァア!!!」
「ギルシャワ様は総受けだった。ありがとうございます」
なにに感謝しているのか、神田は涙を流しながら手を合わせお辞儀をすると。小瓶をギルシャワに向けて投げつけた。
既に蓋が開けられていた瓶からはピンクの液体が零れ、攻撃態勢にはいっていたギルシャワの頭から全身を一気に濡らす。
「なっ!?また!?」
突然降りかかった液体に、驚きというより怒りを見せ始めるギルシャワ。
しかし、服や髪は一切濡れていない。
確かに液体のようなものがかかったはずだと、衣類や髪に手を触れるが、特になにも付かない。
だが、どこか甘ったるい匂いだけはギルシャワの身体から漂わせていた。
「一体なんだ、今のは」
「ギルシャワ、大丈夫か?」
「うるせっ!!さわっん……なっ。ぁっ///」
「へ?///」
心配したヒーローがギルシャワの腕に触れた瞬間。
甘い吐息を漏らし、その場でギルシャワはペタンと座り込んでしまった。
昨日とほぼ似たような光景に、ヒーローは思わず顔を真っ赤にしながらも、自分はなにもやってないと伝えるように両手を上げる。
ギルシャワも、何故ヒーローに触れられただけでこんなにも感じてしまったのか理解が追い付かない。
原因の元は、今近くで茂みに隠れているというのに。
「やったぁあ!!ちゃんと効いてる効いてるぅ!!私特性オリジナル媚薬が」
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