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94 入社三年目3月。

今日は小宮さんがこっちにいる最後の休日で朝から新しい生活のための買い物に付き合うことになっていた。 『おはようございます。』 『おはよ。悪いな。』 『いえ。』 駅前で待ち合わせして二人で歩き始める。 これが二人の新生活のための買い物ならどれだけ楽しいか… 隣で何が必要かメモを取り出して確認している小宮さんを盗み見て少し溜息が出た。 本当に行っちゃうんだな… 行かないで。と言えないことは重々承知で、なんだか悔しくなる。 なんで俺、女じゃないんだろ? 女なら一緒について行って同棲とかするのかな… ゆくゆくは結婚とかしてさ… ありえもしない妄想に思いを馳せる。 『……崎!!山崎!!!』 『えっ!?あっ!!はい!!!』 『大丈夫か?ボーッとして。』 『すみません…ちょっと考え事を…』 『そうか…』 『どこ行きますか?』 『うん。ホームセンターかな?』 『はい。』 俺たちは必要な物を買い、腹ごしらえしてから小宮さんの家に向かった。 『お邪魔します。』 靴を脱ぎ部屋に入るとダンボール箱がたくさん積まれていた。 これを見て本当に行ってしまうのだとまた寂しくなる。 『コーヒー飲む?』 『あっ…いただきます。小宮さん、ここはいつまでですか?』 『ん?あぁ、うまく更新と重なったから今月末までだな。』 『そうですか…』 思い出がいっぱい詰まった部屋。 付き合ってまだ一年だけど、ここで初めて小宮さんと一つになった。 最初は怖くてできなくて… それでも焦らず待っててくれた小宮さん。 別れるわけではないのに、なぜか楽しい思い出がいっぱい頭に浮かんで涙が溢れそうになる。 『山崎…』 ずっと立っていた俺を後ろから小宮さんが抱きしめた。 『すみません…なんか俺…』 『俺も同じ気持ちだから。』 何も口に出さなくても伝わる気持ち… 遠くにいてもきっと大丈夫。 そう思うのになぜだかすごく不安で辛い。 『あのな…山崎を縛るつもりはないんだけど…』 そう言いながら差し出された一つの箱。 去年の誕生日にもらったタイピンと同じお店の箱だった。 『これ…』 『誕生日プレゼントまだ渡してなかったし…』 リボンを解き、箱を開けるとそこにもうひとつの箱。 その箱を取り出し、そっと開ける。 『指輪…』 そこにはシルバーのシンプルな指輪が入っていた。 『本当、山崎を縛るつもりはないんだ。ただ、俺たちには法律的に繋がっていられるものがないから…形だけ…。それに、サイズがわからないから適当に選んで買ってきただけだし、家に置いといてもらえるだけでも…』 そう続ける小宮さんに頷きながら、なんとなく左手の薬指にはめてみた。 『ピッタリ…』 まさか左手の薬指にピッタリはまるなんて… 嬉しすぎて小宮さんに抱きついた。 『それ…』 『俺、付けますよ。』 『みんなにはなんて言う?』 『まぁ、彼女できた〜とか適当に言っときますよ。本当にありがとうございます!!』 ニヤニヤが止まらなくて、何度も何度も左手の薬指を見る。 『でな…山崎、今度こそ引くかもしれないんだけど…』 そう言いながら出てきたのはもう一つ同じ箱。 『もしかして…』 『すまん。ペアリングだ。』 『うわぁ!!!俺付けます!!!』 そう言って小宮さんの手から箱を奪い、左手の薬指にはめる。 『指輪なんて付け慣れないからなんか恥ずかしいな…』 照れる小宮さんが可愛い。 『俺、本当嬉しいです!!!』 『よかった。』 『でもよく買えましたね。』 『そうなんだよ。ペアリングなのに、二つともサイズが大きいからな…かなり怪しまれた。』 思い出し笑いをしながら小宮さんが言う。 あぁ…俺幸せだ。 これなら遠くに行く小宮さんのこと、笑顔で送り出せそうな気がする。 二人でコーヒーを飲みながら今後の話をした。 毎日とは言わずとも、暇があれば程よく連絡を取り合うこと。 会えるときには会おうということ。 そして、お互い仕事を頑張ること。 いつか必ずまた一緒に仕事ができる日が来ると信じて俺も頑張る。 出世して帰ってくる小宮さんに釣り合えるように俺も頑張ろうと心に決めた。 泣いてばかりはいられない。 強くなろうと心に決めたのだった。

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