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  ◇◇◇ 入学式から二日ばかりがすぎた、遅咲きの桜が散った頃。 日高は蒼汰に代わる碁の先生を紹介して貰うタメに、碁会所に赴いていた。すると、朱美と朗らかに話をしている光佐がいるではないか。どう言うこと?と、朱美に聞けば、家族ぐるみのつき合いだと言う。 ソレで、蒼汰がココでアルバイトをしていることにも納得がいった。 光佐はまた遊びに来なさいと交遊的だが、天元戦に防衛を控えている今、お邪魔するのは気が引けてしまうのだ。 ふた月前なら、そう言う気遣いができず、喜んでと言っていただろうが。 光佐の手前、蒼汰と絶交中と言うのも言い辛いから、オブラートに包んで返した。 「………ハイ、蒼汰くんが生徒会長に土着した頃に伺います」 素直で控え目な性格な日高を大層気に入っている光佐は、日高の頭を撫でる。 コレからも蒼汰と仲良くして欲しいと言われたら、天にも昇る嬉しさだ。 ほこほこ顔の日高に首を傾げる朱美は、二人の会話を遮って問うた。失礼だとは思ったが、気になるからソレを差し置いてでも聞くことにしたのだ。ソレは。 「……今日、蒼汰くんお休みよ?」 あの日以来、日高は蒼汰のシフトに合わせて訪れていたからだ。 ソレを聞いた日高の顔色が、一瞬のうちに悪くなった。 「………あ、その……」 歯切れが悪く答える日高はと言えば、チラリと光佐の方を見た。 ココはもう、素直に蒼汰と喧嘩したことを言うべきだろうか? 光佐に嘘をつくのは心苦しいなどと心中でつらつらと思案していた日高は、そうしようと決意した。 蒼汰には悪いが、彼が日高に隠しごとばかりするからこうなるんだ。自分は被害者。なにも悪くない。 ソレに、蒼汰以外の人に碁を教えて貰っても問題はないだろう。視野は広い方がイイって、蒼汰も言ってたことだし。 結局、言いワケがソコに辿りつき、蒼汰基準に物事を考えていることにまったく気がつかないでいた。 「………オレ、蒼汰くん以外の人と碁が打ちたくって、あ、でも、その、オレ下手くそだから教えて貰いながらじゃないと打てないから……」 だが、思考が混乱してうまく伝わらない。ソレでも矢張り蒼汰ことを悪く言えず、建前ばかりが前にでた。結局、蒼汰と絶交したことも言えていない。 が。 「おお、ソレは、イイ心かけだ。では、私の知り合いのプロ棋士に頼んであげよう」 褒められた上、対局の相手まで気前よく紹介してくれた。 バツが悪かったが、光佐が余りにも喜ぶから日高は黙ってこくこくと頷くのであった。 人生、こう上手くことが運ぶと腹黒い部分が浮き出して、気持ち悪かった。 そうして、ガックリと肩を落としこの世は世知辛いと言う顔をした蒼汰がなんだかとても可哀想な気がしてきて、後から絶交は取り消しだとメールをしておこうと思うのであった。 「確か、今日は棋院で子供囲碁の師範をしているハズだから、日高くん、私と一緒に棋院にきなさい」 頭を撫でていた手を離して、その手を日高に差し出す光佐は、早く握りなさいと言う感じでいそいそと日高の手を取る。 「………えっ!!き、棋院にですか?オレ、こんな格好なんですけど………」 光佐はきょほきょほと楽しそうに笑って大きく胸を反らして、不意に真面目な顔をした。 「構わしないだろう。正装を重んじる場所でもないのだから。ソレよりも、早くしないと終わってしまうかもしれん」 「………でも、オレ、そう言う場所はいったことがないですから………」 若い身でありながら、謙遜に満ちすぎる言葉が漏れる。なんと言うか、実に奥ゆかしいことこの上ない。 光佐は強引に手を引っ張って言った。 「謙遜もイイが、子供は子供らしく興味があることに進んで首を突っ込みなさい。間違っていたら、私たち大人が正して上げるから」 ソレが、大人の務めだよと嗜められるが、その声色は優しく穏やかだった。 朱美も光佐と同様らしく子供が遠慮することはないのよと言う顔つきで、見送るのだった。  

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