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「………(光佐さん……、カッコイイ………)」
顔に穴が開くほど見入っていたら、光佐が日高の腰から手を退かしてその手を掴んだ。
「そう気にすることはない。昌永はああ言うヤツだから」
「………(…………ああ、こっちの凛々しい顔も………カッコイイ………)」
昌永のことで固まってしまったと思っている光佐はそう、庇保(ひほう)する。
「ああやってずげずげモノを言うが、素質を見抜く力は長けている。だから、そう気負うことはないだろう」
日高の隠れた才能を光佐も熟知しているから素直な気持ちを伝え、もう少し早く日高と出会っていればと思う光佐だった。
しばらく見つめ続けて、ハッと息をするように日高は赤面をして、わたわたと慌てるように光佐の手から手を引き剥がそうとした。
「えっ!!あっ、………その、ありがとうございます」
光佐に褒められているともあって、日高は昇天しそうだった。こんなふうに光佐に評価されるとは思っていなかったのだ。
ソレもそうだ。光佐の評価は全て蒼汰のところで塞き止めている。
日高の耳に入るとなるとこうして直接光佐から言われないと伝わらないのだ。日高は思いがけないことに信じられないと言う顔で、だが、嬉しさの余りニタニタ顔であった。
時刻は午後三時頃。
しばらくだらしない顔でヘラヘラと笑っていた日高は、光佐と向い合わせで閲覧室の一廓で晴信の訪れを待っていた。
「………失礼します」
個室の扉がノックされてがっちゃりとノブが廻る音がすると、二十歳くらいの青年が入ってきた。
「ああ、晴信くん。すまないな。個人的な用で押しかけてしまった」
晴信と呼ばれた青年はニコリと笑った。
昌永から大方の話を聞かされていたからそうではないですよ的な笑みだ。
「いいえ。ソレよりも、しばらくの間ご無沙汰していました」
「いや、構やしない。今年は互いに忙しい身で私も相手ができず悪かった」
総一郎ともタイトル戦でしか顔を合わすことしかできず、手合いで会うたびに文句を言われていた。
光佐のぼやきに晴信は苦い顔をしたが、光佐以外の棋士に興味がない日高は二人の話をどこ吹く風だ。
「ああ、この子は今蒼汰が囲碁を教えている最中なんだが、コレがなかなか見所がある打ち手でな。向上心も実に長けておるいるから、晴信くんに手合わせを願いにきたんだ」
「えっ、光佐さん、………見所があるなんて、オレまだ初めて半年くらいなんですよ?」
「はっはは、半年で蒼汰と互角に戦えるようなら立派なモノだよ」
光佐は世辞のつもりはまったくないが、日高は自分の腕をソコまで矜持(きょうじ)していないから慌てる一方だ。
蒼汰が手抜きをしない性格なのだ。だから、日高は全敗してばかりなのだ。
そんな日高は蒼汰と互角と光佐に言われたらもう恥ずかしいの一言であった。
「へ~ぇ、ソレならかなりの腕前なんでしょうね♪あ、宜しくね………」
片目をすがめた晴信はひょうひょうとした態度で日高に手を差しだすが、光佐からの影からでてきた日高の顔を見て息を呑んだ。
「────────」
そして、晴信の双眸(そうぼう)が一気に見開いた。ソレまでとはなにか違う眼差しをするから光佐が何度か目をしばたたかせた。
コレはもしやアレか?と。一目惚れしやすい晴信の言動を光佐もよく熟知している。
だが、瞬時に苦い顔をした。ソレは蒼汰に悪いことをしてしまったと言う罪悪感の顕れだ。
そう、無言で凝視したのは晴信だけではなかった。日高もそうだった。日高は、一度瞬きをしてから口を開いた。
「─────はじめまして、此方こそ、よろしくお願いします」
だが、日高の場合は今度こそちゃんと挨拶をしないと言う意気込みが前にでて、固くなっていただけなのだが、光佐はそうとは思わず、日高も晴信のことが気に入ったなら仕方がないことだと溜め息をついていた。
「日高くん、そう力まなくっても大丈夫だ。彼は朱美くんの実弟なんだ」
日高は光佐の顔を見てきょとんとする。晴信は神妙な面持ちをした。日高って言えば蒼汰が言っていた子じゃないか、と。
「氏は明智と言って、総一郎の息子だ。昌永とは義弟関係で、明智家は親族が殆んどが囲碁に通じる職についている」
光佐は言葉に足すように晴信の情報を日高に与えるが、日高は首を傾げる。日高は、朱美以外は今知ったと言う顔でそうなんですか?と晴信の顔をじっと見た。
晴信は自分をソコまで後押ししてくれる光佐の意図が解り兼ねたが、蒼汰が言っていたことは理解したようだ。
「俺の伯父さんなんだ」
「………えっ?」
「だから、光佐九段は俺の伯父さんなんだ。日高くん」
光佐の妻と晴信の母が姉妹だと教えると日高は目を丸くした。光佐一筋の日高にはソレが一番の報酬だったからだ。
「そうなんですか?」
身を乗り出してまで喰いついてくる日高に、コレは蒼汰が言っていた以上に骨が折れそうだと苦笑する。蒼汰には悪いが、一目惚れしてしまったモノは仕方がない。
だが、蒼汰が男の子に興味を持ったことには正直、驚いていた。晴信は蒼汰は一本杉だと思っていたからだ。
日高は光佐との接点が増えたと言うほくほく顔で光佐の顔を見た。
光佐はにこにこと微笑み返すが、心中は酷く残念に思っていた。日高が蒼汰を気に入って蒼汰と好きあえば、いずれ日高は自分の息子になるだろう。が、日高が晴信を気に入って晴信と好きあうのならソレは叶わない。そう思うと、実に惜しいと思った。
「そうだ、あっちで打ちながら話そうか?」
晴信はひょいひょいと手で日高を手招いて、碁盤が置いてある隅の席に案内する。日高は光佐から目を外して呼ばれた晴信のところまですっと移動をした。
キラキラと輝いた瞳で晴信を見る日高の姿を見て、光佐はココは一つ日高の気持ちを尊重しようと堪えるのあった。
さわりと、軟らかい空気が流れ込んでくる。
日高の胸に大きな澱みが揺らいだ。ふと後ろを振り返ると、僅かに目をすがめた光佐が小さく息をついているところだった。
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