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◇◇◇
一方、自室でスマホとにらめっこをしていた日高は部屋のすみに重ねてある解説書や詰碁、布石などの本を両手いっぱいに抱えて、急いでベッドの上に戻った。
晴信いわく、積み重ねが必要だと。
「………家ではちゃんと囲碁の勉強をしてる?詰碁とか布石を覚えるのは強くなるタメの第一歩だよ?苦手苦手で後廻しにしていたら、いつまで経っても上達しないからね?」
大丈夫、解らないところは俺が教えて上げるからいつでも連絡してきて。そう言って、手渡された名刺には晴信の電話番号とアドレスが書かれてあった。
連絡するべきか、迷う。
今日知り合ったばかりなのに、直ぐに連絡をしてイイのだろうかとさっきからずっとスマホの画面を睨んでいた。だが、今日を逃せばもう二度と連絡をしないだろうと言う自分がいて、日高は迷いに迷って電話をかけた。
「明智です、只今手が塞がっています。お急ぎの場合、お名前とご用件をピーっと言う発信音の後にお話しください」
「………………あ、もしもし、日高ですけど、今日はどうもありがとうございました。………ええっと、詰碁で解らないところが────」
留守電に繋がってしまったから、用件だけを伝えて切ろうとしたところに声が重なる。
「あ、日高くん?俺、晴信です。早速、連絡してくれてありがとう♪」
録音最中にいきなり通話に切り替わって、日高は驚いた声をあげた。
「え?………あ、こ、こ、今晩わ……」
「フッフ、今晩わ。あっ、一旦切るね」
日高の返事も待たずに通話が切れて、その一分後に晴信から電話がかかってきた。
日高ははっと慌てた様子で詰碁の本を一冊開けると、急いで電話口にでた。
晴信に教えて貰いたいところは山ほどある。すべて聞きたいところだが、通話料金も時間も湯水のごとく浪費することになると思い、まったく解けなかったところだけを聞く。こんなことになるなら、LINEのIDをメールで教えるべきだったと後悔するのだった。
だが晴信は、気にすることはないよと言う。未成年に電話料金を支払わすワケにはいかないからと、利潤を得ている成人の言葉は大人びててかなりくすぐったかった。
「じゃあさ、来週家にくる?」
クスクスと笑いながら電話越しの晴信の声がだんだんと柔らかくなって、日高の中にゆっくりと沈んでいく。
まだ知り合って間もないと言う感じがせず、日高は頷いた。
しかし、だからと言って、図々しくおかしかけてイイのだろうかと遠慮がちに聞く。言ってしまえば日高の物覚えの悪さは、蒼汰が呆れ返ってしまうほどなのだ。
蒼汰の根気のよさは光佐の折り紙つき、その彼が匙を投げそうになるのだ。
「折角の休日なのにイイんですか?オレ、相当呑み込みが悪いですよ?」
晴信は、だから、時間を取ってゆっくりと教えてあげるって言ってんだよ♪と言って、あ、もしかして迷惑だったとか?と聞き返してくるから、日高はいえ、そんなことないですと答えるしかできなかった。
日高に気を使わせるようなことをさせない晴信の話し方はとても心地よかった。
だがソレは、あまりにも胸の奥をざわつかさせていた。そもそも日高は対外的にも対内的にも愛する光佐のタメに囲碁を学び、利己的に蒼汰や晴信を利用しようとしているのだ。純な気持ちで彼らに囲碁を習ってなかった。
ソレなのに、日高は晴信の言動に居心地のよさを感じ始めていた。蒼汰にはなかったその感情を日高は、晴信は大人だからと言う理由をつけるが胸のざわざわ感は消えない儘だった。
不意にプップッと言う機械音が入ってきて、日高の思考が止まる。
割り込み電話?そう思ったときには既に通話が切り替わっていて、晴信との通話が途切れてしまっていた。
日高は慌ててメールを開き、晴信のアドレスとLINEのIDと割り込み電話が入ってきたことを打ち込み、送信した。
コレで待つようなことはしないだろうと胸を下ろして、割り込んできた相手に集中する。
ソレにしても。
日高は嘆息した。
「何か用?」
ああ、耳を垂らしショボくれる大型犬の顔が見えるようだ。
大体からして、絶交された相手に電話をかけてくる蒼汰が悪い。いくら蒼汰と喧嘩したとつい晴信に愚痴ってしまったとしても、例えソレを光佐が聞いていようともかけてくるのは相当な馬鹿か阿呆である。
だが、実際には本心からそうだとは思っていなかった。いや、だからと言って蒼汰から電話をかけてきたことには正直腹を立てている。
コレでは素直に絶交って言ってゴメンと謝れないだろう、と。
そんな天の邪鬼じみた日高の性格は、蒼汰の方がよく知っている──。
胸に広がる怒りにも似た気持ちを打ち消すように、日高はブンブンと首を振った。
「──蒼汰、あのさ…………、」
一心不乱に突撃する猪のように、日高は先に火口を切り開くが、蒼汰も同じようだったらしく日高と同時に声をあげた。
互いに発した言葉で重なる部分は一言だけだったが、蒼汰と日高はソレらを聞いて互いに同じ思いだったんだと吹きだすように笑った。
やがて笑うのを止めた蒼汰は、日高に囁くように穏やかにこう言った。
「ねぇ、聞いて。本当は日高くんが僕と同じ高校を受けるって聞いていたときから、日高くんに言いたかったんだ。だけど、もし日高くんがソレを聞いて、他の高校にするって言ったらちょっと悲しい気持ちになってね、だから、言えなかったんだ………」
日高くんの性格を知り尽くしているから、怖かったんだ、とも。
そんな蒼汰は、告白してくる女の子のように静かで柔らかかった。
くすぐったい告白に日高も嬉しくなって何度も頷いたが、蒼汰を後押しする光佐の顔が浮かんで真っ青になる。コレで光佐に愛想を尽かされていたら目も当てられない。
しばらく硬直していた日高はここ数日の他愛ない話をしてくる蒼汰の言葉を遮り、光佐のことを聞く。
「ところで蒼汰、光佐さんはなんて言ってお前を後押ししたの?オレのこと、呆れてた?」
「なに?唐突に?」
いつもの光佐病がでたと電話口で苦笑いをする蒼汰は、できるだけ怒らないように聞き返していた。
「だから、光佐さんはオレに茫然自失になってなかったかって聞いてんの?ああ、子供っぽいとか、そう言うことも言ってなかった?」
相変わらず、必死だな。
蒼汰の方が呆れ返りながらも、光佐から手渡された手紙だけは日高に渡したくなかったから当たり障りのない事柄だけを日高に教えた。
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