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  一時間後、ようやく蒼汰との通話を終えた。 光佐が愛想を尽かしていなかったことだけでも解った日高は胸を下ろしていた。 安心してか、ほっと息がひとつ漏らしてスマホの画面を見ると、目を大きく見開いた。慌てて画面に耳を当てると小さな物音がスマホから聞こえてくる。 真っ白になった頭で、日高は尋ねた。 「もしもし、晴信さんですか?」 「あ、話終わった?」 当然にように、電話越しの晴信は電話口にでた日高に声をかける。 「あの、オレが送ったメール、届いていませんでしたか?」 送信した履歴を見てエラーになっていないか確認する日高に、晴信は淡々と答えた。ああ、届いたよ、LINEのIDありがとう、早速登録して俺の住所送って置いたからと。 日高は慌ててLINEを開き、晴信が送ったと言う住所を確認する。可愛いスタンプまで貼りつけられていて、思わず笑った。 晴信はどう?可愛いでしょう?中高生に人気だって言うから、日高くんも好きかなって。 そう言って、クスクスと笑う晴信の声が日高の焦っていた心を和ませる。 ありがとうございますと笑っている晴信に言って、どうして切らなかったんですか?とも聞いてみる。 ん?だって、直接ありがとうって言いたいでしょう?ダメだった?と返されたら、日高はどうしてもダメだと言えなくなってしまう。晴信は蒼汰よりも日高の性格を見抜いているようで日高はたじたじだった。 しかし、たった数時間の会話で日高の性格を見抜く力は流石だと絶賛する。コレが蒼汰ならまた喧嘩の火種になり兼ねない。なにしろ蒼汰は日高に手厳しいのである。 だから、自ずと口論になり喧嘩になる。歳が近いセイか、日高も引くことをしないモノだから尚更ヒートアップするのだ。 とは言え──蒼汰はある意味ヘタれである。日高に早く自分が日高のことが好きだって言うことを、日高自身に気づいて欲しいと思っているからだ。 片や、晴信はそう言う感じがまったくない。ちゃんと日高に素直な気持ちをストレートに伝えていた。まさに、対極だ。 兎に角、一時間以上も切らずに待っていてくれた晴信のタメにも、日高はなんとしてでも彼の要望を聞かないといけない。そう言う気持ちにさせるのは、日高のことを相当気遣ってくれているからだろう。 蒼汰から電話がかかってくるまでの間に感じていたあのほわほわとした心地よさが舞い戻ってきて、日高は笑いながら訊ねた。 「何時頃伺えばイイです?」 「ん?お昼前からでもイイかな?」 「構いませんよ」 「じゃ、十時にナナちゃん人形の前で」 てっきり晴信の家にだと思っていた日高に、晴信はそう言い切った。 「………家じゃないんですか?」 ハテナマークが浮かぶ日高に晴信が笑う。 晴信に柔らかく笑われてなんだか恥ずかしくなった日高をよそに、つけ加えた。 「駅近くに美味しいイタリアンカフェを見つけたんだ。ランチがおすすめなんだけど、日高くんはそう言うの好きじゃない?」 日高ははっと息をして肩をすくめる。 気を使っていたハズなのにいつの間にか気を使われていて。ソレを知って悔しいと言う気持ちが先行だってでてくるが、晴信はそっとソレを包み込むように日高を宥めた。 「俺ね、こんなお店でゆっくりと食事して次の手合いとかに挑むんだけど、ソレを怠ると調子でないんだ。ねぇ、日高くん?俺が言ってる意味解る?」 唯一にして最大の弱点を眇(びょう)たるモノとして晒(さら)し、日高は茫然とした。 どうしてソコまで無防備でこの人は自分を誘うのだろうか?と。 同時に、晴信の思考に飲まれるように日高の思考もおかしくなっていた。ゆっくりと開く唇に大きな親指が触れてきたような感覚までしたからだ。 日高は小さく身震いをさせた。 晴信の言葉に飲み込まれないようにグッと下唇を噛んだら、耳許にあるスマホから彼の囁く声が聞こえてきた。ダメだよ、噛んだら痕になるから、と。日高の理性が弾ける。 「………や、………め、………………」 て、と声が漏れるが、晴信は止めなかった。 「ねぇ、聞こえてる?デイトしようって言ってはないんだよ。教え子に美味しいご飯をご馳走したいって言ってんだ」 今度は滔々と話しかけてくる晴信に日高の頭も段々と覚醒したのか、身体の奥から羞恥が込みあげてくる。恥ずかしいと思うほど、自身に起きたことが明るみにでた。 股間辺りが冷たい。当たり前だが、ソレを認めたくなかった。 「日高くん、どうかした?」 解っているハズなのに、そう尋ねてくる。 「な、んでも、ないです。来週、………楽しみにしてます」 強制的に言わされた感があるのに、日高は蒼汰のように怒れなかった。晴信の口から「濡らしちゃったの?」と言う言葉を聞きたくなかったからだ。 「うん、じゃ、日高くん、お休み♪」 俺も楽しみにしているからと日高の事情に蓋をして、晴信は通話を切った。その口端が小さく引きあがっていたことは、言うまでもないだろうが。  

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