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「ねぇ、お願いだから、引き受けてよ」
ココぞとばかりに頭を下げる蒼汰に、日高はがなり返した。
「無理っ!!」
てくてくと通学路を歩きながら、日高は嘆息した。
彼の後ろには、今にも化けてでてきそうな死んだ顔の蒼汰がいる。
いくらなんでも、運動音痴の日高に「チアボーイ」の代理を頼むモノ好きなど、いまだかつていなかった。が、どうやったってあの衣装を着れる男子生徒は日高しかいないのだから仕方がない。姉妹校との部活対抗試合だかなんだか知らないが、日高は拝み倒してくる蒼汰を白い目でみた。
その場で立っているだけでイイから~ぁとチアボーイにあるまじきことまで言うから。
そう蒼汰が頼み込んできて、今日ですでに七日が経過している。
その間にも日高は担任から逃げチア部の顧問からも隠れるように過ごし、ソレはもう必死になって自身を守っていた。
担任の早川はコスオタである。コス衣装を作るのが趣味なようで、半ば強制的に採寸した型で衣装を作りチア部に無償で提供していた。しかし、どうやらチア部の部員もソレを着て応援するのは心底嫌らしいのだ。
顧問の高杉には、早川と同じような血が流れているようで頗るその衣装を部員に着せたがっていた。演劇部の顧問である小笠原と早川の衣装を奪いあっていると言う噂まで流れているようであるから。
さすがにソレらが原因で、非びらん性胃食道逆流症になってしまう部員が急増したとは声を大にして言えない。この儘だとチア部を辞めると言う部員まででてきそうだと部長の星野が嘆いていたことも。
そんな星野は嫌がる日高の姿をみて他人ごとだとは思えないからと言う理由で、放課時間のほとんどをかくまってくれていたが、そのぼやきが耳に痛かった。
一応、その日は予定があった。晴信と約束をした日なのだ。部活対抗試合は二、三年生が中心の所謂部活紹介みたいなモノだから、新入生は基本見る側で、参加も自由だから他の予定を優先させてもなんの問題もない。
このことを星野や早川、高杉に言えば彼らからは解放される。されるのだが、蒼汰からは解放されないだろう。ねちねちと文句を言われることは目に見えて解る。
折角仲直りをしたのにまた喧嘩をするのもなんだし、かと言って、晴信との約束も放棄したくはなかった。この前の電話であったことを光佐に話されたら困るからだ。
晴信の声に不覚にも心臓をドキドキさせてしまったことや、落ちつかそうと飲もうとしたお茶を滑らせて溢してしまったことなどを知られたくなかったし、なにより光佐への愛をこんなことで揺るがされたくなかったのだ。
光佐一筋の日高は、どうして晴信にアソコまで動揺したのか不思議で仕方がなかった。心地よさだけではない気はするが、ソレを知ってどうすると言うのもあって、兎に角、末梢したかったことは確かである。
蒼汰は、懐にそっと手をやった。
制服の裏ポケットに忍ばせた封筒は、日高と仲直りさせるタメに光佐が書いたモノだ。封書はされていなかったから、中身は簡単に読むことができたが、内容が内容だけに握る潰して捨てられなかった。
はっきり言って蒼汰には有難いことばかり書いてあったが、日高に取っては失恋モノだ。
光佐に自分の気持ちを言う前に玉砕するようなことまで書いてあったから。
できればこんな姑息な手段は使いたくない。
「………日高くん、僕の言うこと聞いてくれるんなら、イイモノあげるんだけど?」
「イイモノ?」
間髪入れずに返し、日高は改めて聞き返す。
「ソレって、光佐さん関係?」
蒼汰の言葉を半分以上聞き流していたが、ちゃんとソコだけは聞き逃してない日高に蒼汰は口を尖らせる。
現金だと言う態度が面だっていた。
「なんで、そう言うことだけは聞き流さないかな?」
「じゃ、やっぱり光佐さん関係なんだ♪」
「あからさまにそんな嬉しそうな顔しないでくれるかな?」
不機嫌そうに返してきたので、日高はひらめいてにやっと笑った。
「ああ、じゃイイよ。蒼汰のお願いはもう聞いてあげない」
「ソレとコレとは話が別」
すぱんと言い切って、蒼汰は立ち止まった。
「へぇ~、ソレは別って言うけどさ、結局のところだす気ないんでしょう?」
蒼汰は首を振った。
「そんなことないよ。ちゃんと日高くんが僕の言うこと聞いてくれるんならだすって」
だし惜しみをすると返って逆効果だと思った蒼汰は裏ポケットから封筒を取りだす。そう言えば、玉砕内容が書かれたところを抜き取ってなかったことを思いだし、再び終おうとしたら日高が胡乱(うろん)な顔で覗き込んできた。
「いくらなんでも白紙ってことはないよね?蒼汰、そう言うところあるから」
日高だって学習する。取り敢えず一度痛い目にあえば、ソレ相応の対応も対策も身につくと言うモノである。
用心深くなった日高に、蒼汰は深刻な顔を浮かべた。
「あのさぁ………」
少し言い澱んでから、蒼汰は日高は同情の眼差しで見つめた。
「今、この中身見せたら日高くん読めちゃうでしょう?」
日高は、瞬きをひとつした。
「な、読めるワケないじゃん!!」
嘘ばっかり、と蒼汰は首を振る。
「日高くんが視力と動体視力がイイの、知ってんだけど?」
「そんなの、言いがかりだって」
「そう?」
唐突に顔を接近させられて日高は焦る。コレまで、蒼汰にココまで顔を近づけられたことがなかったこともあるが、晴信の一件があってからこういうことに敏感になっていたからだ。
「ん?どうしたの?顔赤いけど、まさか父さんの手紙だけでクソヤバい状況にはなってはいないよね?」
コレで下着が濡れたりとか言ったら、僕としては立場ないんだけど、と。
つまりソレは、あの一件をまさに果てしなく知っているといっているようではないか。
赤面の下、日高の顔が見る見るうちに青くなっていくのが解る。
蒼汰は、オイオイ、という顔をした。
童貞真っ盛りの桜ん坊が妄想だけでイってしまったと思っているから、ソレはもう痛い子を見るような憐れんだ目だった。その腹の底では煮えくり返るような嫉妬をこねくり廻しているとはまったく知らない日高は、あの一件をどう知ったのかもう気が気でなかった。そう、光佐には絶対に知られたくないのだ。
いくら実らない恋だと頭では解っていても、好きな人には見栄や我を張りたいのが、常。
「そ、蒼汰、やっぱりオレのこと異常だと思ってるよね………。でも、オレ、光佐さんには嫌われたくない………」
「そう言われても、現時点で下着、クソヤバい状態になってんでしょう?」
ううんと応じる蒼汰。現時点?と首を傾げる日高は、気が競っている状態で考える。
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