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待て。ちょっと待て。
今現在、下着はフルに快適。蒼汰はなんの話をしているんだ。光佐さんの手紙でどうのって言っていたな。ソレは、どういう意味だ。
兎に角、と日高は頭をブンブンと振った。
蒼汰に下着は無事だと言おう。言って蒼汰に聞き直し、場合によっては実力行使も辞さない構えでねじ伏せてしまおう。
なに、相手は対抗試合を間近に控えた選手。こちとら新入生で右も左も解らない青二才、生徒会長だからって言われても怖くない。
「ね、オレの下着、クソヤバくなってないんだけど?」
危険を顧みず、猛突進で蒼汰の顔に更に顔をくっつけて喰らいつく。蒼汰はあわあわと慌てて身を引いた。
「蒼汰、なんで逃げんの?」
日高は、眉根を寄せる。さっき蒼汰に赤面したのは晴信のセイであって、蒼汰にドギマギしたワケではないからだ。今だって退いたのは、蒼汰の方である。
沈黙が流れた、気がした。なんだかとても気分が悪くなるような、妙に間の開いた間隔だ。
蒼汰の目線まで背伸びして、日高は尖らせた唇を近づけた。
「クソヤバくなってないって言ってんだから返答くらいしろよ?」
蒼汰の反らす視線をたどって彼を睨みつけてみても、日高の視界には横顔しか映らない。
目の前の蒼汰が、ごくりと生唾を呑み込んで緊張しているのが解った。姿勢を正して剣呑に目を細める。キツく握られた封筒が、ぐしゃりと音を立てて握りつぶされた。
「ちょっ、なにやってんの!」
「え?」
「蒼汰の馬鹿!」
急にがなり返した日高は、握りつぶした封筒を奪い取ろうとした。
そのときだ。
バランスを大きく崩した蒼汰が日高に覆い被さった。
覚えがある。コレは、あのときと同じモノである。
つき合っていた彼女たちとキスをしたそのときの柔らかさと。ソレは解っているのに、なにかに足首を掴まれたようにして、蒼汰はビッシと硬直してしまっていた。
心臓がバクバクしている。破裂してしまいそうなくらいに。
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、蒼汰なんて、大っ嫌い!!」
握られた拳が顔面に飛んでくる。蒼汰は情けない声をあげた。
「うぎゃ、ご、ごめん………、ワザとじゃ……」
「ゆ、許さない!!絶対に!!」
日高が目くじらを立てて怒るのも、当然。
蒼汰は飛び起きるように素早く退いた。嫌われたくないのと、事故とはいえ、日高の唇に唇が触れてしまったことへの嬉しさにだ。
蒼汰にしたらコレほど天上することはない、だが光佐に恋している日高にしたらとんでもないこと。
せめてコレが日高のファーストキッスでなかったら、両極端に喜んだり怒ったりはしなかっただろう。
「オレの初めて返してよ!!」
半ば泣きかけの入った口調で叱咤されて、蒼汰は首を振った。
「返せるなら、今すぐ返してあげたいよ」
「だーからなんでそう上から目線なの!ああもう解った。その手紙でチャラにしてあげる。光佐さんに慰めて貰うんだから!!」
蒼汰が握りつぶした封筒をさっさと奪って、日高は直ぐさま中の手紙を読み始めた。
とたん日高の顔色が悪くなる。
「コレってどう言う意味?オレ、告白する前にフラれたってこと?」
「ああ、多分そうなるかもね………」
と、蒼汰は逃げ腰の体勢で応えた。
「父さんは母さん一筋だからそうなるって日高くんだって解っていたでしょう?」
「解ってたけど、この最後の一文はあり得ないよ?好きな人の息子と恋人ゴッコするなんてできるワケないじゃん!!」
思わず手紙を地面に叩きつけて感情のまま怒鳴り散らしたが、ふいに地面に叩きつけた手紙は光佐が書いたモノだったと苦い顔をした。
「でも、父さん喜ぶと思うよ?」
「喜ばれても、オレは無理」
日高の文句などどこ吹く風でぶちぶち呟きながら、叩きつけられた手紙を拾ってくしゃくしゃの封筒に終う。いくら怒ったとしても、光佐の手紙をこう存外に扱うとは思っていなかったようである。おまけにしまったという顔はしたのに、拾おうともしなかった。
「日高くん、心狭い」
「狭くって結構、蒼汰みたいに図太く生きられない」
「ケチだな」
封筒を裏ポケットに終うも、日高はまったく阻止しなかった。蒼汰が立ち上がり日高と対峙する。
「日高くんの好きって、この程度の好きだったの?」
「この程度って、ムカつく言い方だね。無理なモノは無理って言っただけじゃん!」
瞬間、唇が塞がれた。目を見開く日高をよそに口内に舌が割り入ってくる。
「………んっ!」
舌を絡め取られて、息がまともにできないらしく日高は暴れる。蒼汰は暴れる日高の手と腰を掴んで、強く引き寄せた。一方的なキスに日高の顔から血の気が引いていた。
蒼汰の息があがるごと日高の顔が悪くなり、身体から力が抜けていくようにぐったりとしていくのが解った。
どんっと音を立てて、崩れていく日高の様子からようやく蒼汰が日高の異変に気がつく。
呼吸ができず、失神しそうな日高の唇から唇を外して軽く頬を叩いた。
「日高くん、息して」
日高は噎せるように息をして、蒼汰に必死にしがみつく。
彼らがいまいる場所は、ひとっ子ひとりいない通学路の脇道だ。なにかあっても誰の助けもこない脇道に入ったことを後悔する日高は、兎に角、蒼汰を頼るほかない。
肩で荒く息を吸って、カラになった肺に空気を送り込む。ソレから直ぐに頭がぼんやりするのは過呼吸になっているからだろう。
「あたまがぐるぐるして、ぎもちわるい」
「わああぁ、日高くん吐かないで!?」
蒼汰のどこか緊張感に欠ける言い草に日高はわめきたいが、あまりの気持ち悪さにそのまま意識を手放した。
日高に汚物を引っかけられた蒼汰はしばらく唖然としていたが、日高を抱えて立ちあがる。ココからだと碁会所が一番近い。着替えもしたいが先ずは日高の安否を確保したい。
日頃から鍛えているから日高の体重くらい諸ともしなかったが、揺れるごと嘔吐されるとさすがに辛かった。碁会所についた頃には、背中は最悪の状態になっていた。
「まあ、どうしたの?」
たまたま入り口を掃除していた朱美がそう驚くのも仕方がない。
箒と塵取りをほっぽりだして、彼女は裏口から二人を中に招き入れた。
休憩室のドアを開き、タオルと着替えを用意すると意識のない日高を簡易ベッドにおろすよう蒼汰に命じた。蒼汰はひと安心したのか肩から息をつき、座り込んでしまう。
「陽子さんに連絡しないと」
朱美の独り言に反応するように、日高がむくっと起きあがった。
「………大丈夫です」
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