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がつん、と何かが晴信の後頭部を殴った。そんな感じの強い衝撃と損傷を受けた。実は日高が思わず溢した愚痴にであって、実際に殴られたワケではない。
「えっ!?蒼汰くんとキ、キスしたの?」
眉間にシワを寄せた日高の顔は、更に深くシワを刻んでいく。晴信がソレをまじまじと見ながら、日高の肩に手を置いた。
「事故です。本意じゃないですって!」
「本当ぉに!?」
言われてみれば、なんだかいつも以上にご機嫌だった蒼汰の様子を思いだす。
ずるずると、日高いわくのキスの力は、やけに緩慢な速度で蒼汰のモチベーションをあげ続けていた。
やっと光佐の息子という位置づけから、ファーストキッスを奪った憎きヤツになりかわったのだ。
そして、日高が蒼汰とのキスをカウントに入れたということはいずれ、そういう対象で見てくれる可能性があると言うモノ。が、当の日高は蒼汰のことを恋愛対象で見ていなかった。飽くまでも、憎きヤツでトキメキのトの字も伝わっていなかった。
「キッスってもっとこうほわんとなるモノだと思ってました。あんな苦しいだけのモノなら二度としたくないです!」
くどくどと文句を言いながら、日高は晴信の置かれた手を引き剥がそうとした。が、晴信はその手を掴んだ。
「じゃさ、俺と一度してみない?ソレでダメだったら、もうしなくってイイからさ!」
真剣な眼差しの晴信の唇は、もう直ぐソコにある。
日高は不意に思った。
どうして晴信の声はこうも悪魔の囁きに聞こえてしまうんだろう。せめて、もう少し悪あがきができたら、と。
日高は必死で彼とキスをしたがる晴信のことを見つめる。
この晴信の行動がどうして許せる行為になるのか、解らない。解らないが、光佐にこう頼まれても日高はキスをしないだろう。
ソレなのに。
日高はぐっと目を瞑った。そして、ゆっくりと口を開いて小さく頷く。
たとえコレが晴信に誘発された行為だったとしても、この胸のドキドキ感は知らない。
「胸が張り裂けそう………」
「緊張してる?」
晴信が応じて、日高は静かに首を振った。
重なる吐息が熱い。
触れるだけのことに脈が跳ねあがる。
日高は薄く目を開き、目の前にある晴信の目を見た。
「どう?苦しくない?」
ほだされたように身体の自由がきかない。
唇にかする息や、言葉に、視線。
「苦しくないんなら、舌をだして。もっと気持ちイイこと、教えてあげるから」
唐突に突きだされた舌が視界に入った。同時に日高の舌が突きだされて舌が絡む。
「………ンンっ………」
「ダメ、ちゃんとだして」
そのまま引っ込めようとする日高に晴信の声がかかり、その膝が笑う。
「………ゃら………!」
絡められた舌と同じように指と指が絡めとられると、日高はソレにしがみつくことしかできない。
ソレに応えてか、舌と舌を絡める晴信は日高が座っている座椅子に膝をつき、体重をかけて覆い被さった。
呑み込まれるように舌を吸われて、日高は鼻から息が漏れる。
続けて吸った息が鼻を通り、甘い吐息が流れ込んできた。
蒼汰のときとは比べモノにならない気持ちよさに身体の芯から力が抜けていく。
次第になされるが儘だったハズなのに、ソレに応えるように舌を絡めていた。
日高の意志は存外に強い。光佐にどれだけの誘いを受けても縦に首を振ることはなく、彼の有益を一番に考えた行動を取っている。
流されるとか委ねるとか、そう言う行為は考えられなかった。
だが、ときたま口内に舌が入り込んでくる晴信の舌に、日高は蕩けていた。上顎の筋を舐められ、芯から疼く熱に熱される。熱い、熱い、熱い。思考が茹だるごとに身体中に新たな熱が放たれる。なのに、気持ちイイ、どうして?
沈めば沈むほど感情が遠くに追いやられる。
日高はボロボロと涙を溢した。
追いつかない感情がとうとう悲鳴を上げたのだろう。蒼汰や光佐だったら、こんなときは絶対に強要はしない。慌てたように唇を離しこの状況を緩和するように、一番効率のよい方法で対処する。
ソレだけ日高の涙に弱いのだ。気が強く、我を張る彼の姿はどこか淡い。ソレを打ち壊すことが嫌で、一歩退くのだ。
晴信が更なる力を加えてきた。均衡を崩した心がさらに暴れる。肘を背凭れについて、日高は溢れる涙を我慢させようとした。
脳裏を駆け抜ける気持ちイイは毒だ。麻薬に似た依存症が面だってでて、すべての事柄をどうでもよくしてしまう。
今更後悔しても遅いが、最初から晴信に抵抗できなかったことに苦笑いをした。
電話越しでも、彼の姿を最初に見たときも日高の心臓はバクバクと脈打っていた。
肉の薄い、柔らかそうな唇。常に微笑をたたえた切れ長の目尻と、含むような甘い言葉とは裏腹に、深く暖かな光を宿した面差し。逢ったときから目が離せない、瞳。
「………晴信………さん…」
ずるずると引き落とされる場所が温かくほんわかしたところで、日高は顔を歪ませた。
未来の有望な棋士、明智晴信。今全盛期で名を上げている総一郎の息子で、分身。
「晴信さん、気持ちイイ………」
もっとと、ねだる声がかなり上擦った。
眼前に、晴信の大きな手が迫ったのが気配で解った。日高は咄嗟に目を綴じた。
「止めないで………………」
刹那。
いままで感じたことがないような、激しい感情が轟いた。ソコにあるのはサティスファクションだ。欲望を満たす行為が、色を彩ってゆっくりと形になって現れる。
ンンっ、と。
日高の唇に一回だけ、唇が落ちてきた。
「続きは、今度」
冴え冴えとした太陽の光が、瞼を開いた日高の目に注ぎ込まれる。
窓のカーテンなど開いてない。では、アレはなんだったのだ。
日高はのろのろと顔を上げ、呟いた。
「………今度って、………いつ………?」
晴信は瞠目したきり、その儘硬直していた。
日高が。
顔を歪めて、今度っていつですか?と再度聞いた。絡められた指と指に力を入れて、今度っていつなんですか?と、晴信が応えるまで尋ね続ける。
日高の目尻からさっきと同じような大きなしずくが、ぱたりぱたりと落ちていく。
ソレから目を離せない晴信の額の中央で、チュッと乾いた音がした。
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