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「ねぇ………、答えて。いつなんですか…?」
落ちてきた唇でようやく正気に戻ったのか、晴信は驚いた顔で自分の額に触れる。
日高は待ち遠しい顔で晴信を見つめた。晴信の肩が震える。とても信じがたいモノを手に入れたように、薄く笑って。
──堕ちた。
徐々に実感がわいてくる。虚ろんだ目が満ち満ちた幸運に思え、手で口元を覆い隠した。意地悪く焦らしてやろうかと思うが、ボロボロと次から次へと涙を溢されたらそんな邪な気も失せる。
そして、晴信の指に絡んだ日高の指が力なくほどけていく。
晴信が映った目は、ソレまでとは違うモノを映しだしていた。
様子の変わった日高に気づいて、晴信はギュッと力強く抱きしめる。
「ゴメン、今度じゃ待てない」
日高の視界が更に歪んだ。どうしていま、物凄く欲しい言葉をくれるのだろう、と。
「オレも待てない………、いまが、イイ……」
一瞬で言葉を奪い、晴信だったらこうするだろうと舌を差し入れる。自分がいまなにをしているのかは、解っているつもりだった。
しかし、止まらないのが事実。心臓が早鐘のように打ち鳴らされて、理性が本能にまるっと呑まれてしまうのだ。
「………もっと、絡めて………」
「こう?」
「…………ンンっ、………らめぇ………!」
日高も必死だったが、晴信も必死だった。
「………歯茎、………は、………やらぁ………」
「ん?気持ちよくない?」
「ちがっ、………気持ち、イイから………」
「そっ、じゃ、もう少し我慢して」
晴信は負けそうになる理性を、なんとか踏み留まらそうとする。
「………やっ!………むりぃ………」
弾けるように身体をしならせて、日高は負けじとわめく。わめくが、腰がガクガクと勝手に動いてみっともない。直ぐソコに、快楽と言うモノが見えるともう尚更我慢ができなかった。
不意に、晴信の目が細まった。
「………恥ずかしくないよ、俺もそう……」
ソレは、いままでとは明らかに異なる声音だった。
にこりと笑って、晴信は日高の首筋を噛む。凄まじい快楽が下半身にかかったのか、ぴくりと爪先が震えた。
「………………っ!」
「……イけた?」
はっと息を呑む日高に、晴信はけろっとした顔を覗かせる。
「そんな顔しないで、俺もイッたから。日高くんがあまりにも可愛い顔をするモンだから、俺も我慢できなくなっちゃった。ゴメンね、下着替えようか♪」
肩で息をしている日高に比べてソレらしき余韻がまったく見られない晴信に、疑いの目が向けられる。
「………うそ、平気そうな顔してる………」
自由な左腕で茹だった顔を懸命に隠そうとしながら、日高は晴信の身体をチラチラと見る。
そして、晴信の股間にシミができているのを発見してしまい、恥ずかしさのあまり完全に隠してしまった。
「そんなことないよ…って、どうしたの?」
真っ赤な顔を更に赤らめて、日高は晴信の裾を引っ張った。その行動を見て、晴信はひとつ瞬きをすると穏やかに笑う。同時に日高の額にキスを落として、その反応を待った。
まるで、恋人のようで。
「………晴信さんは、………ズルい………」
言うが早いか、晴信のキスが早いか、日高はその行為を受け入れた。羞恥心が和らいで、再び身体の芯に熱された熱が籠る。
晴信の首に腕を廻し、深いキスを求めるのは本能ではなく理性だった。
日高の舌をずずっと吸い込み、喉の奥に引きずり込む。身体が痙攣したように何度も細い腰を弾ませて、必死に晴信にしがみついた。
「あ……」
日高は目を見開いた。
──ひーだかーくんっ、ひーだかーくんってばさぁ♪ひーだかーくんっ♪
碁盤の下から覗き込んできた。異様に愛嬌がある、常識はずれの人懐こい少年。
──今日もじいちゃんの膝の上なの?
うるさいなあっちいけよ、と返すたびに、悲しそうに笑っていた。
──囲碁はな、生きてんだ。花のように散ったり、星のように輝いたりするんだ。
囲碁に興味なんかないのに、やけに神妙な口ぶりでそう言って語る彼。
鮮明に顔立ちは思いだすのだが、彼の名がでてこない。アレだけ人懐こいのだから容易に教えてくれたのだと思うが、覚えていない。
いまはそんなことどうでもイイのに、不意にソレらを思いだした。
──俺、将来、棋士になるんだ。
あどけない顔から急に大人びた顔が覗き、日高は身体を小さく震わしながら晴信の肩に爪をたてた。
あの少年は、誰?どうして今更思いだしたりしたんだろうか。性情の濃いいま。彼は一体。
瞬きをすると、涙が零れた。
その時、耳の奥で、彼の声がした。
『………やくそく、またココで………』
逢おうね♪目の前の視界が大きく揺れて、異様に歪んで、晴信の顔も、彼の顔も。
『やくそく………?』
うん、やくそく♪と。その声に重なるように日高はボロボロと涙を流した。
晴信が優しく包み込む。
あまりにも悲しそうに泣くから、晴信はゆっくりとこう言った────。
日高くん、俺と付き合おうか?
「…………っ!!」
目を綴じて、日高は頷く。
「後悔はさせないから───」
瞬間、日高は身体の熱を放った。
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